チェレンと会ったのは偶然だった。なんとなく流れで彼はうちに来て一緒に茶を飲むことになり、キッチンにいた母さんがあらあら久しぶりねえと目を細める。
「こんなに大きくなって」
「おばさん、お久しぶりです」
「母さん、なんか茶菓子」
「はいはい」
冷蔵庫から冷えたモーモーミルクを二本取り出すとチェレンの前に一本置く。それから茶菓子を持ってきてくれた母さんにお礼を言い、せんべいを一つ手に取った。
「せっかくだしベルも呼ぶ?」
「そうだね、久しぶりに幼なじみ三人で集まるのもいいかもしれない」
ライブキャスターを取り出した俺を見て、母さんが、あら、とその手を制した。
「ベルちゃんは今Nくんとデート中よ」
「デ…ッ!」
「デート…?」
チェレンが思いっきりむせて思わず母さんを凝視する。俺も驚きで視線をそらすことができない。
更に母さんは面白そうに続けた。
「ベルちゃんちに招待したそうよ」
「家に二人きりなのか?!」
「邪魔しちゃ駄目よ〜。今日が何の日かわかるでしょ?」
はて、何の日だ。二人して首を傾げると、そんなこともわかんないの、と母さんが呆れたようにため息をつく。
「今日はバレンタインでしょ?」
バレンタインに、Nが、ベルの家で、おまけに二人きり?
それがどういう意味かぐらい容易に想像がついて青ざめる。
チェレンも同じような答えに行き着いたのだろう、顔面蒼白だ。
気づけば、俺たちは二人ともベルの家へと猛ダッシュしていた。
「N!!」
「ベル!!」
二人でベルの家のドアを勢いよく開けて中に入ると、きょとんとした顔のNとベルがこちらを見た。想像していたような甘い雰囲気ではなく言葉に詰まってしまう。
チェレンはぜえぜえと切れる息を整えながらホッと安堵の息をついた。それは俺も同じだった。
「あれえ、チェレンにトウヤ、どうしたの?」
「人の家に慌てて飛び込んでくるなんて、よっぽど何か大変なことでも起きたんだろうね」
大変なこと。まあ、ある意味大変なことだったのだが。それを当人たちに言うのははばかられて口をつぐむ。チェレンも同じように気まずげな顔をした。Nとベルが互いの顔を見て首を傾げる。
一つせきをして、そんなことより、と俺が一番聞きたかったことを問うてみた。おそらく、チェレンもこれが一番気になっているに違いない。
「なんでベルはNを家に呼び出したんだ?」
よりによってバレンタインに、とはかっこ悪くて言えなかった。この問いも充分かっこ悪いのだけど。
「なんでって、バレンタインだからだよお」
「!!」
ねえ?とベルがNを見上げ笑いかける。それに応えるように微笑んだNにくらりときた。
ベルはN狙いだったのか!
そして、Nもベルが好きだった。ということだよな、これって。
チェレンが再び青ざめて、何か言おうとしてきゅっと唇を噛んだ。その気持ち、痛いほどわかる。
「だから、ね、N」
いってらっしゃい、とベルがNの背中を押す。目の前でいちゃつかないでほしい。こちらはたった今失恋してめちゃくちゃ心がデリケートなんだ。
Nの頬にサッと赤みが差し、おずおずと頷くと。
「と、トウヤ、ちょっといいかな?」
「え、何」
「ほら、チェレン、あたしたちも行こ」
「は?行こうって、どこに」
「どこでもいいよお。チェレンの家でいいじゃん」
「僕の家?!」
なんだなんだ、どういうことだ。
ぐいぐいとチェレンの背中を押して家を出て行ってしまったベル。ベルの家だというのに、俺とNの二人きりになってしまった。