ベルの家に、ベル不在でトウヤとNの二人きり。なんだかよくわからない状況だったが、そんなことを気にかけている余裕が二人ともなく、かろうじてトウヤが「…まあ、立ちっ放しもなんだし、座るか」と言ってソファに腰掛けた。
Nは俯いて下を向いてしまっていて、そのつむじを見ている間にトウヤはだんだん冷静になってくる。
バレンタインにベルがNを家に呼び出した。そんなの、やることは一つである。告白だ。そして、どちらからそうしたのかはわからないが、あの雰囲気から察するに成功したようである。
つまりは、目の前にいるのはもうただのNではないわけで。
“ベルの彼氏の”Nなのだ。トウヤはぐっと奥歯を噛んだ。
めちゃくちゃ悔しい。誰よりも近くで愛情を注いできたつもりだったが、あろうことか幼馴染みにかっさらわれてしまうとは。
しかし、ようやくNが掴んだ幸せを壊すようなことはしたくない。ベルはとてもいい子だ。それは充分わかっている。祝福してあげるのが最良の選択なのではないだろうか。
「…おめでとう」
「?なにが?」
きょとん、とNがトウヤを見つめるので、皆まで言わせるなよ、と内心で悪態をついてしまう。そんなの、自ら傷口に塩を塗るようなものだ。
「ベルとうまくいったんだろう?」
「…うまく?」
「ああもう!だから、付き合うことになったんだろ!」
瞬間、ぽろりと涙が零れた。どんなに強がって、祝福してやるのが最良だとわかっていても、それをすんなりとできるほど大人じゃなかった。
悔しい。どうして俺じゃないんだ。ベルより先に会ったのは俺なのに。いろんな気持ちが溢れてきて、涙は止まらない。
Nはおろおろとしてしまって、困らせたことは一目瞭然だ。慌ててフォローしようと口を開いたが、その前にNが行動を起こした。トウヤの頭を自分の胸に抱き寄せたのである。
「え、えぬ…?!」
「…何か勘違いしているようだけど、ベルとは付き合っていないよ」
「…は?」
今度はトウヤがきょとんとする番だった。顔を上げようとしたら、見ちゃだめ、とぎゅっと抱きしめられる。
ドクンと彼の心臓の音が聞こえる。いやに速かった。
「ベルがね、一緒にチョコを作ろうって誘ってくれたんだ」
「え、作ろ、は?」
「だから、一緒に作っただけなんだってば」
彼女は彼女で渡す人がいるんだよ。そして僕にもね。
Nの言葉がようやく理解できて、しかし新たな問題が出てきて恐る恐る尋ねた。
「だ、誰に渡すんだ?」
「……」
「N?」
ため息が聞こえてきて、そして。
「…君以外に誰がいるというんだ」
ぽつりと聞こえてきた言葉に、耳を疑った。
「俺…?」
「ベルが、特別な人に渡す日だというから、だから、」
ぶつぶつと言い訳のように聞こえてくる言葉がどうしようもなく嬉しい。
つまりは、早とちりしてしまったのはトウヤとチェレンの方で、元より二人は何もなかったわけだ。
それなら、今、Nの心音がこんなに速い理由も予想がついて、思わず笑ってしまう。
「N、腕ゆるめて」
「い、嫌だ」
「Nの顔、見たい」
お願い、と言えば、じわじわと腕の力が緩められていく。そっと胸を離れてNを見れば、思ったとおり、真っ赤な顔で俯いていた。
「N、可愛い」
「か、可愛くなんてない」
「可愛いよ。俺のために作ってくれたんでしょ?」
ここまでされてNの気持ちがわからない程トウヤは馬鹿ではない。
真っ赤な顔。速い心音。手作りのチョコレート。そしてバレンタイン。すべてを統合すれば答えなど簡単だ。
「N」
名前を呼んで、赤い顔をした愛しい人を思いきり抱きしめてキスをした。
Be My Valentine!
(え、ええ、えええ?!)
(110215)