ベルに呼び出されることなんて初めてだった。そもそも、トウヤ以外のトモダチと二人で会うことなんて一度もなくて、僕は彼女になにかしただろうかと不安になる。
つい先日四人で遊んだときは普通だったのに。街がなんだか桃色に色づいていて、ベルが、もうそんな季節かあ、と微笑んで僕を見た。ホワイトとチェレンは自動販売機でサイコソーダを買いに行かされていた。彼女と話したのはそれが最後である(もちろん帰り際に別れの挨拶はしたが、それは二人の間の会話というより皆へのものだと思う)

「…ベル?なんだい、用って」
「あ、きたきたあ!」

ベルはいつものようにニコニコと笑って僕を彼女の家へ上げた。エルフーンを模したスリッパを履くとキッチンへと通される。
僕は何を言われるのだろうかとハラハラして、ひどく言われる前に先手を打つことにした。

「ベル、僕は君になにかしてしまったのかい?」
「ええ?」

ベルはきょとんとした表情で僕を見上げ、ふにゃんと笑った。

「違うよお、Nったら、あたしに怒られると思ったの?」
「だって、二人きりで呼び出されるなんて今までなかったから」
「今日呼んだのは、バレンタインのためだよ?」
「バレンタイン?」

こてん、と首を横に倒した僕を見てベルが楽しそうに笑う。僕も安心して思わず笑ってしまった。つられてしまったのかもしれない。とにかく、嫌われたわけではないとわかって安心したのだ。

「バレンタインっていうのはね、特別な人にチョコを渡す日なのよ」
「チョコを?」
「うん。Nはトウヤにあげるでしょお?」

特別な人、と言われて、真っ先に彼が思い浮かぶ。確かに、トウヤは僕の特別な人だ。特別な人にチョコを渡す日をバレンタインというならば、僕は彼に渡さねばならない。

「ところで、特別な人って具体的にどんな人のことだい?」
「ううーん、普通は、好きな人とか恋人のことじゃないかなあ」
「こいび…?!」

瞬間、カッと頬が赤くなる。どうやらバレンタインとは、恋愛系のイベントらしい。
途端に、トウヤに渡すでしょ?と聞かれた先程の問いが恥ずかしくなった。
トウヤと僕は、別に付き合っているわけではない。恋人というものにも当てはまらない。
だからベルの言葉には驚愕した。だって、ベルにはNがトウヤのことを好きだという風に見えているわけだ。しかも、それは外れではない。

(確かに、僕は彼のことが好きだけど)

それを誰かに言ったことはなく、ベルとはこんなに勘のするどい子だっただろうかと思ってしまう。
どうしてわかったのかといえば、例の笑みで「女の子だもん、わかるよお」と言われてしまった。なるほど、女の子だとわかるのか。これからは気をつけなければ。

「作ったら、トウヤも喜ぶと思うよお」
「…喜ぶかな」
「うん!」

彼女の満面の笑みに後押しされて、僕は彼女の用意したチョコレートに手をかけた。



彼女が横で見よう見まねで作ったこれは、生チョコというらしい。
オーブンは一台しかないからガトーショコラじゃ一緒に作れないもんねえ、と言われた。
ラッピングしなかった方は食べていいよとベルがフォークを差し出してくれたのでひとくち口に放ってみた。ココアパウダーが口の中で広がり、中のチョコがじんわりととろける。

「…おいしい」
「ね?Nが作ったんだもん。おいしいに決まってるじゃない」

そう言って彼女が自分の分をひょいと口に入れた。ううーん、と眉を寄せる。

「…Nと同じように作ったはずなのに」
「どうかした?」
「う、ううん、なんでもない」

それより、トウヤに渡しに行かなきゃね、とベルがライブキャスターを取り出した。

「待ってて、今呼び出すから」
「なんだか緊張するね…」
「ふふ、大丈夫だよお」

ピピピ、と彼女のライブキャスターが通信音を発する。
繋がる前にベルにお礼を言おうと彼女を見た。

「ベル、その、」
「うん?」
「あのね―――…」

「N!!」
「ベル!!」

勢いよく開かれたドアから入ってきたのは、妙に焦った顔をしたトウヤとチェレンだった。