空き教室は上の空になるのに丁度いい。
 慈郎は窓側の席で頬杖をついて、窓の外へとぼんやり目を向けた。
 来たる入学式のため、在校生は春休み中にもかかわらず毎年この日会場設営へと駆り出される。そういうわけで慈郎も登校していたのだが、C組の担当は紙で作った花を飾り付けるというもので早々に仕事は終了してしまった。
 どうせなら終わったとこから帰してくれたらいいのにと、慈郎は空いた時間に暇してぷっくりと頬を膨らませる。開け放した窓から――帰るときちゃんと閉めないと、また跡部に怒られてしまう――見える桜が春の訪れを知らせ、まあ慈郎だって綺麗と思わないこともないが、なにぶん花より団子な性分なものだからやっぱりここにお菓子やジュースがないと盛り上がれない。お花見、そういえば今年は行ってないな。それはひとえに、彼女が忙しくしていたからなのだけど。
 窓の向こう、下の方から、おーいひよしーと呼び声がする。名前に反応してパッと顔を上げた慈郎は下を覗いた。ゴミ出しだろうか、大きな袋を持った日吉の頭が見える。
 綺麗だな、と思った。日吉は背筋がいい。立ち姿がよく映える。
 長身と言われる程はない身長でも高い印象を受けるのはそのせいだ。しゃんと伸びた背中は慈郎も気に入っていた。

「ひよしー!!」

 窓から身を乗り出して、力いっぱい名前を呼ぶ。聞こえるか聞こえないかくらいの声量じゃ、気のせいか、なんて無視されかねない。ぎょっとして上を見上げた日吉は、慈郎の姿を捉えるや否やもっとぎょっとした。

「危ないでしょう!」

 乗り出すな! なんて大声で怒鳴る日吉に慈郎は嬉しくなる。クールビューティなんて囁かれて、冷たい眼差しで図書室の一角にて古書を広げ読む少女。そう噂される彼女がこんな怒声を上げる相手なぞそうそういない。自分は特別なのだと再認識する瞬間はいつまで経っても心地よい。

「ゴミ出しー?」
「見たらわかるでしょう!」
「そこで待っててー!」
「嫌ですよ待ちませんよ!」
「おねがーい! 3分で来るから!」

 そう言うと返事も待たずに駆け出した。背中に待ちませんからね! と再度念押すような声が刺さるも気にせず走る。だって知ってる。日吉は自分にとことん甘い。慈郎にはどうしてクールビューティなんて呼ばれているのか不思議なくらいだった。
 実際のところ、校舎3階から中庭まで3分で辿り着けるはずがなかった。だけど慈郎は全力疾走する。5分はかかって到着した中庭には、ゴミ袋を置いては持ち上げそわそわとスカートのひだを直したりすそを整えたりと落ち着かない様子で佇む日吉がいた。

「ひよし!」

 後ろから飛びつくようにして抱き着く。小さな悲鳴を上げた日吉は腕をばたつかせ形だけ抵抗をしてみせてすぐにあきらめた。

「きゅ、急にはやめてくださいっていつも言ってるでしょう…!」
「でも聞いたら絶対日吉だめって言うじゃんかー」

 しれっとした表情でぎゅうぎゅうとくっつけば、そんなの当たり前じゃないですか! と目を三角にされる。どこでも見境なしに抱き着くのはやめてくださいと怒られるも、慈郎にも言い分はあった。

「Aー…だって日吉どこでも可愛いんだもん」
「…?!」

 瞬間、日吉がかあっと顔を赤らめる。はくはくと何か言うみたいに口を開けては閉じをくり返し、ようやく何か言葉を見つけたらしい。

「そ、そんなんで騙されませんからね…っ!」

 今まさにぐらぐらに揺れていただろうにそんな風に強がる日吉に慈郎は吹き出しそうになって――同時に、やっぱり可愛いと思った。だめだ、やっぱ抱き着かないとかむり。少しだけ、ほんの少しだけ日吉のためにTPOをわきまえた振る舞いをしようかと考えていたのだがすぐ取り消す。すでに抱きしめてる今だってうっかり、あ、抱きしめたいと思ってしまうくらいなのに、それを我慢するなんて到底できそうもなかった。

「だめ、ひよしかわいい。なんでそんな可愛いのもー!」
「ば、ばかじゃないですか」
「知ってる! 俺もう日吉ばかだCー!」

 ぎゅっとぎゅっと、俺のだからね誰にも渡さないからねといもしない誰かに牽制するように抱きしめる力を強めると、恥ずかしがって日吉がうつむく。つむじにキスを落としてその髪に頬擦りをした。
 いつもまっすぐ前を見つめる日吉が照れて下を向いてしまうこの瞬間が、慈郎はとても好きだった。

髪の先揺らして
(ハグはすき。キスはもっとすき!)

おまけ
(130401)