「別れよう…オレたち…」
切り出したのはオレから…そんな気なんて全然なかった…だってオレはお前が好きだから。でも…
「そ、うですか…わかりました…」
ゆっくりと、噛み締めるようにお前は言葉を話した。
ゆっくりとオレから目を逸らし、綺麗な動きでオレに背を向けた。。
「それでは…失礼します。」
それはまるで、いつもと変わらないような別れの挨拶。
「くぅおらぁジロー!!」
「ぐぇええっ!?」
夕方、部活にもいかず教室で日吉を振ったことばかりが頭を巡っていたその時、背後から強烈なキックをお見舞いされた。
「何すんだよ〜」
「なんやあれへんがな、自分こそ何してんねんジロー。」
そこにはおかっぱアクロバティック少年と眼鏡関西弁がいた。
「…なんて顔してんだよお前は。」
「えっ…なに…」
眉尻を下げた岳斗はジローの頭をグシャリと撫で付けた。
「自分、日吉と別れたんやってな。まぁ、一方的やって話やけど…」
問い詰めるような忍足から逃げるように目を逸らした。
違う…オレは…オレは日吉に幸せになってもらいたいんだ…
たまたま見たんだ。
仲睦まじく歩く母子を吸い付けられるように見ている日吉を。
穏やかで…でもほんの一瞬寂しさを宿した瞳。
そんなのを見たら…
「…オレといたら…ダメなんだ…」
「ふぅ…」
忍足が大きなため息をつき、オレの目の前まで歩いてきた。
オレはその気配に顔を上げた。
「お、したり…?」
そこには困ったように笑った忍足が…なんで、そんな悲しい顔してんだよ…
「あんなぁジロー?お前日吉になんで別れたいか、ちゃんと理由言うたんか?」
首を左右に振る。
忍足の言わんとしてることがわからない…
「やっぱり…あんなぁジロー、いくらお前が日吉を好きでも、言わな伝わらんことかてあるんやで?」
瞬間、忍足の顔が厳しいものとなった。
「日吉の為や思て別れた?ふざけるのも大概にしとき。そんなん日吉にしたらお前に嫌われたもんやと思ってるわ。」
「え…」
そんなこと絶対有り得ない…オレが日吉を嫌いになる?
オレは弾かれたように教室から飛び出した。
後ろから岳斗が何か叫んでいたが、そんなこと気にしてられない。
日吉、どこ?
何としても探し出さなくては…
オレお前のこと想って別れた…別れたつもりだった。
「バカじゃん…オレ…」
廊下を全力疾走する。教室、音楽室、テニスコート、部室…
いない…どこにもいない。
身体は熱を放っているのに頭は妙に冷静であった。
帰った…可能性はないだろう、わざわざ忍足たちが叱咤に来たくらいなのだから。
どこだ、空を仰いだとき一瞬屋上で影が動いた…気がした。今はそんな曖昧なものでも確認せずにはいられなかった。
階段を駆け上がり、扉の前で立ち止まった。
もし日吉がいたなら…
何て言おう…オレから別れようとか言ったのに、マジ自分勝手じゃん。
汗だくになって、普段滅多にしない全力を出して、こんなにも…
「…好きなんだなぁ、オレ…」
好きだよ、日吉…
呟く言葉を噛み締めた。こんなにも愛しい…
覚悟を決め、屋上の扉に手をかけた。
びゅう、と吹き込む風がワイシャツを膨らませ、熱を持った身体を冷やしていく。
その風の先に日吉はいなかった。
「…はぁ…」
安堵のような、虚無のような…複雑な思いが入り交じりため息を漏らした。
その時だった。
「誰ですか…」
「っ!!」
耳に届く凛とした声。
振り返り見上げた先には給水塔の隣で夕日を背にして立つ、日吉。
息が止まるかと思った。予想外の登場に動揺を隠せない…
言葉が出てこない…何か、言わなくちゃ…オレの気持ち、伝えないと。
しかし沈黙を破ったのは日吉だった。
「何してるんですか…」
逆光で表情が読み取れない。
でも、声が…ほんとに僅かに鼻声。それだけなのに胸が軋むほど締め付けられた。
「日吉…」
「来ないで下さい…」
動いた瞬間に言葉で制止された。が、今はそんなこと構っていられない。
カン、カンと音をたてながら給水塔への梯子を登り、その先で立っていた日吉を強く抱き締めた。逃げられると思ったからだ。
「なんで…こんなこと…」
「日吉違うから、オレお前が嫌いになった訳じゃないんだからな。」
微かに日吉の身体が震えたのがわかった。
この間見た、母子を見る日吉の事…オレといても子どもは生めないから…言うことがはばかられたが、言わずにいられなかった…
「…ごめん、オレ言葉足りなくて…お前、オレといても、ダメなんだって…思って…あんなこと言った。でも、自己防衛だったんだよな。お前から、別れを告げられるのが…怖くて…」
ごめん、と頭を日吉の肩に埋め、抱き締める腕の力を強めた。
「…っとに…バカですよ…貴方は…」
日吉の身体に力が込められたのを感じた、同時に小刻みに震えていることも…
「…ひよ「嫌われたかと思いましたよ!…オレ、あんまり…素直じゃないし…」」
遮るように放たれた小さな叫び。いつも勇ましい姿からは想像もつかないくらい、弱くて脆い…
「あのときは…もし、オレと貴方の間に子供が生まれたらって…考えてたんですよ…」
有り得ないですけど…と小さく笑う日吉を見た。
「ちょっ!なんで泣いてるんですか…」
あぁもう…死んでもいいと思った。可愛い…愛しい…
「どんな子がいい?お前に似たサラサラストレートで、オレに似た色素の薄い髪…ねぇ、女の子がいい?それとも男の子?」
訪れるはずのない未来に思いを馳せながら、オレたちは優しい痛みを抱き締めていた。
前サイトより、歌伊さんより相互記念にジロ日を頂きました!
歌伊さんの書く小説は切なくてふんわりパステルカラーのような温かさで大好きです!
歌伊さん、相互ありがとうございました!これからもよろしくお願いします
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