花火大会に行こうと言い出したのは、向日さんの方だった。

俺の家の近くには、小さな神社がある。向日さんに誘われたのは、その界隈で開かれる、そこまで大規模ではないものだ。
暑いし人も多いだろうしあまり乗り気では無かったのだが、イベントごとが大好きなこの人は何が何でも行きたかったらしい。
3日前に行こう行こうと誘いの電話をかけてきて、俺が渋っていたら最終的に半泣きの声で「どうしてもダメ……?」とか言ってきた。

ほとんどそれらしい行為をしたことは無いが、曲がりなりにも向日さんは俺の恋人だ。
そんな人に半泣きで頼まれたのでは、断れるわけがない。
結局、向日さんが浴衣を着てくれるならという条件で、俺は花火大会に行くことになってしまった。



そして迎えた、花火大会当日。

「日吉ー!」

待ち合わせ場所に指定しておいた神社の鳥居前、向日さんは時間ぴったりにやってきた。
俺を見つけるなり嬉しそうに手を振って、からころ下駄の音をたてながら駆け寄ってくる。
その様子を見て、素直に可愛いと思ってしまった。

「何だよ、嫌がってた割に時間より早く来るなんて本当は楽しみだったんじゃねーの?」
「約束したからには時間は守りますよ。それより、本当に浴衣着てくれたんですね」
「ああ、去年買ってもらったやつなんだけどな。似合うか?」

少し腕を広げて、向日さんは首を傾げる。
彼が着てきたのは紺の生地に薄く格子柄が入った浴衣の定番で、帯は白。
似合っていることには似合っているが、向日さんが着ると幼く見えるのはなぜだろうか。

「……日吉?これ、変だったか?」

そんなことを考えていたら、向日さんが不思議そうに訊いてくる。

「いいえ、よく似合ってますよ。七五三みたいで可愛いです」
「七五三は余計だバカ!」

感じたことをそのまま答えると、思いきり背中を叩かれた。
痛いじゃないですか、と非難の目を向けた俺に「自業自得だ!」と言い返し、向日さんは1人で鳥居をくぐって行ってしまう。
相変わらずの子どもっぽさに溜息をつき、俺もその後に続いた。

「全く……。勝手に動いたら間違いなく迷子になるでしょう?」
「ならねーし!子ども扱いすんな!」
「はいはい。お詫びに綿菓子奢りますから」
「……マジで?」

そういう風に食べ物1つに瞳を輝かせる辺りが子どもっぽいと思うのだが、また怒らせそうだから言わないでおく。
明らかに機嫌が良くなった向日さんは、とても俺より年上には見えなかった。

「あ、日吉日吉!あそこ!綿菓子売ってある!」
「分かりましたから、走らないでください」

はしゃいで屋台を指差す向日さんに注意して、財布から4枚の硬貨を出す。
いつものことだが、なぜ祭りの食べ物はこんなに値が張るんだ。

「落とさないでくださいよ?高かったんですから……」
「分かってるって!」

言いながら、向日さんは嬉しそうに綿菓子に口をつけた。
……本当に年下にしか見えない。これでよく子ども扱いするななんて言えるものだ。

ある意味感心していると、向日さんは少し首を傾げて俺を見上げてきた。

「どうしたんだよ、そんなにじっと見て。あ、もしかして日吉も綿菓子食べたいのか?」
「え?……あ、いえ別に……」
「一口ならやってもいいけど。ほら」

……なぜ上から目線なんだ。俺が代金を払ったことを、この人は覚えているのか?
……って、そうじゃない。
今向日さんは俺に綿菓子を差し出してきているわけだが、これはつまり間接キスなんじゃないか?(綿菓子に口をつける面積は広いじゃないかとかそんな理屈は抜きだ、こういうのは気持ちの問題だから)

「日吉?」

やめてください、そんな可愛く上目遣いで見ないでください。
綿菓子よりも貴方が食べたいなんて、そんなベタなことは口走りたくないんです。

「……じゃあ、一口……」

何とか平静を装い、そう答える。
よし、大丈夫だ。怪しまれたりはしていないはず。

そう思ったのだが、向日さんは無邪気な笑顔で更なる爆弾を投下してきた。

「ほら、あーん」

…………向日さん、俺(の理性)を殺す気ですか。



†††††



「ここからならよく花火が見えるんだって!姉ちゃんに教えてもらったんだ!」

あれから、向日さんは綿菓子以外にもやたらと露店を巡った(さっきの綿菓子は理性を総動員させてどうにか乗り越えた)。
あまりにも食べるものだから、ひょっとしたら花火大会という当初の目的を忘れているんじゃないかと心配していたのだが、大丈夫だったようだ。

向日さんに連れられてきたのは、俺たち以外に人のいない小高い丘の上。
祭り会場からは少し離れているものの、確かに見やすいことには見やすいだろう。

「向日さんのお姉さん、よくこんないい場所知ってましたね……。それなのに自分は来ていないみたいですし」
「姉ちゃんも彼氏に教えてもらったらしいぜ。んで、今日はその彼氏さんの家にお泊まり。俺がデートで花火大会行くって言ったら、機嫌よく場所教えてくれたんだよ」
「へえ…………って、え?」
「ん?」
「……向日さん、今……デートって言いました……?」
「そうだけど?」

平然と言ってのけている辺り、向日さんにとっては大したことでは無いのだろう。
それでもその自然さが嬉しくて、深々と息をついた。

「……はあ……。貴方って人は、本当に……」
「な、何だよ……。そんなにデートだって言われるのが嫌だったのか……?」
「その逆ですよ、逆」

不安そうな表情になった向日さんの手を取り、そっと指を絡めてみる。
すれば向日さんは一瞬で頬を朱に染め、すぐさま俺から視線を逸らした。

自分は無意識に色々してくるというのに、直球のアピールにはとても弱い。
そういうところも可愛いのだが。

「……バカ日吉……」
「はいはい。ほら、花火始まりましたよ」

大きな音と同時に、大輪の花が夜空に開く。
それに顔を上げた向日さんの表情は、途端に明るくなった。

「すっげー!ほんとによく見えるじゃん!」

さっきまで照れていたのに、何という変わり身の早さだ。
きらきらと瞳を輝かせる向日さんを改めて眺め、今度は密かに溜息をつく。
コロコロ変わる表情や態度は子どもっぽいのに、どうしてこんなにも可愛いと思ってしまうのか。
そんなことを考えていたら、目は花火に向けたまま、向日さんが言った。

「なあ日吉」
「何ですか?」
「来年も、また一緒に来ような!次はお前も浴衣着てこいよ!」

……ああ、また。

「来年も」、向日さんは俺と一緒にいるつもりらしい。
この自然な発言がいちいち俺を喜ばせていることに、どうして彼は気づけないんだ。

でも今それを口にするのも野暮な気がして、俺はただ一言だけ返した。

「……約束ですよ」

繋いでいる向日さんの手に、少しだけ力が込められた。



夕ちゃんから「日岳で甘々」を書いてもらいました!
普段書かない傾向を書き合おうかと言って、私はシリアス、彼女は甘々でお互いにリクエストし合いました
普段あまり書かないとか嘘でしょうというくらい甘くて可愛らしくて…!

夕ちゃん、ありがとうございました!
(120812)