潤慶はメールが好きだ。
 電話より手軽だし(電話も好きだけど!)思ったことをすぐに送信できるし、それに素早く(英士相手だとそうもいかないのだが)アクションを返してもらえる。
 自国語の特殊性からアルファベットでないと海外の携帯で表示されないのは難点だけど、慣れればさしたる問題ではない。
 潤慶はメールが好きだ。送ることも受け取ることも、どちらも。

 一方英士は、メールが苦手である。
 だって電話の方が早いし(通話料が馬鹿高いので、潤慶とするのはあまり好きじゃないけど)ちまちま文字を打つのは面倒臭い。キーボードでタイピングするならまだしも、携帯でアルファベット入力など不慣れ極まりない。
 だから英士はメールが苦手だ。受け取るのは、まあ、いいとしても。返信を要求するのは勘弁してほしい。特にお前のメールはどうでもいい内容が9割なんだから、読んだだけでもありがたいと思えよ、と英士が思っていることは、彼がほとんど返信をしないので恐らく伝わっていない。

 そういうわけだから、英士は本日メールが来るだろうと思っていた。特に言ったわけではないが、従兄弟という関係上潤慶が今日のことを知らないはずもないし、彼が自分に、飼い主にしっぽを振る犬のように懐いていることは重々感じていた。つまり、愛されている自覚があった。
 外国とはいえ時差のない場所なので、日付の変わった瞬間にでも来る覚悟だったというのに。英士は予想に反して静かな携帯に面食らった。
 そうしてそれは学校に行っている間もそうで、ちらちらと携帯を確認している自分が何だか空しくなる。

 いつもどうでもいいことばかり送ってくるくせに。
 どこか抜けているというか、詰めが甘いのが潤慶だ。来るだろうと思っていたのは、別に期待してたわけじゃないけど。来たらいいと思っていたわけではない。あいつのことだから、来るんじゃないかって思っていただけだ。自惚れでもなく。断じてそうではなく。
 わけもなくふて腐れたような気持ちになりながら(本当は、理由なんてわかっているのだけど)帰宅すると、部屋に戻る前に母に呼び止められた。

「あ、届いてたわよ。あとでちゃんとお礼言っときなさいね」
「…?なに」

 訝しみながら受け取った手紙の宛名に驚きで目を見開く。

 ――李潤慶。

 朝から、いや日付が変かった瞬間から、英士が探していた名前がそこにあった。
 ぎこちなくお礼を言い部屋に駆け込む。もう手にしたのだから逃げやしないのだと、馬鹿丁寧にハサミまで使って端を切り落とした。その割には部屋の扉に寄り掛かり、落ち着いて座る余裕も持てなかった。
 内容は、とりとめのない話がつらつらと。メールにしようと思ったけどせっかくだから。日付指定って初めてやったから、ちゃんと届いてるのか心配だ。一馬と結人は元気? ヨンサが全然メールの返信をくれないから、ヨンサも元気にしてるかわからない。元気だよね?
 近況とこちらの様子を問う言葉が並んでいる。すべて見間違うはずもなく潤慶の肉筆だ。

『誕生日おめでとう! プレゼントには僕をあげるので、僕の誕生日にはヨンサをちょうだいね』

 そうして日付と名前があって手紙は終わっていた。最後まで手紙を読み終わったとき、英士はずるずると扉をつたい座り込む。
 まったく、何だってこんな。手紙なんて、送ったことなんかなかったくせに。メールと変わらぬ内容を手紙で、潤慶の字で見ただけで、こんなにも。思わず指で字をなぞっていつくしみ、そのままその指を唇に宛てがった。ばかなことをとわかっているのに、彼に触れた気持ちになる。
 何より英士の胸をいっぱいにさせたのは最後の言葉であったが、同時に今すぐ会えないことを歯がゆく感じた。

「…そんなこと書くくらいなら、会いにくらい来いよ…」

 もちろんそれが無理なこともよくわかっているが、だからお前は詰めが甘いのだと言ってやりたくなる。こんなことを言われたら、俺だってさすがに。抱きつきたくなるし、くっつきたくなるし、そのまま勢いでその先の行為になだれ込んだって、とすら思う。

 ばか、といもしない相手に零して、英士は机の引き出しから便箋を一枚取り出した。この気持ちの責任をとってもらうべく、まずは同じ気持ちになってもらわないと気が済まない。メールを打つのは苦手だけど、手紙にしたら言える気がした。

 英士はメールは苦手であるが、何だかんだで潤慶のことを愛していた。

レターインラブ
(愛をとびきり手紙に込めて!)

英士お誕生日おめでとう!!
(130125)