もう耐えられない!とマスターはわっと顔を両手で覆った。

「ま、マスター?」

何かしただろうかとアーチャーはワタワタとみちるの顔色を窺う。
耐えられない、ということは今まで耐えてきたということか。サーヴァントである自分ですら気付かない位、巧妙に自然に我慢を続けてきたのか。
そうして、普段は滅多に気を乱すことのない彼女のここまでの乱心。

「何か不手際があったのなら謝る。何を堪えてきたのか教えてくれないか」

一向に両手を退けてはくれず、顔を見ることすら許してくれないみちる。
アーチャーは思い当たりもしない自分の失態に苛立ちながら―――思い当たらないことがなお苛立たしいのだが―――なんとか彼女を宥める。

「私は…」

三食食べる派なんだもん、と指の隙間から零れ落ちた言葉に、意味もわからず固まった。



月海原学園に備え付けの食堂は、マスターなら誰でもお世話になっている食事処だ。
みちるも毎朝そこで朝食を取り、昼食時も欠かさずに駆け込んでいた。
しかし、月海原学園の食堂は、午後五時までである。

「晩ご飯も食べたい…」
「君はそんなことで…」
「そんなことじゃないよ!ご飯は生きる上で必要不可欠のことだよ?」

生きる。その言葉にアーチャーは思わず怯んでしまう。
確かにここはデータだけの世界で、空腹を感じることはない。
もっと言えば、睡眠だって必要ないのだ。
それでも何故それらをするかと言うと、寝食という行為は「生」を実感する行動だからである。
本来人間が生きる為に必要な行為を行わないということは、精神上の「死」と変わらないのだ。

「それなら、マイルームで購買部の菓子パンでも食べたらよかったんじゃないか?」

食事を必要とすることはわかった。
自分たちサーヴァントとは違い、今を生きる者には確かに重要なことだ。
それなら、今までだってここで夕食を食べることは出来た筈である。何故食べなかったのか。

問えば、むすっとした顔でみちるが告げた。

「アーチャーが食べないのに、私だけ食べろって?」

無粋な問い掛けをしたことにすぐに気付き言葉に詰まる。
サーヴァントは食事を必要としない。自分だけ食べることに負い目を感じていたのだろう。

ああ、どうしたことか。
そんなこと、なんかじゃない。間違いなく自分の不手際だ!



「アーチャー、何やってるの?」

少し待っていてくれ、とアーチャーは一室の角で何やら準備を始めた。

「投影開始」

…キッチン出てきた!
目を丸くさせるみちるを尻目にアーチャーは冷蔵庫から食材を取り出すとさっそく料理に取り掛かる。

「マスターの要求に気付けなかったのはサーヴァントの失態だ」
「え、いや、でも晩ご飯が食べたいなんて、サーヴァントの能力には何の関係もないし…」

失態だと自責する程ではない。
それよりも、そのすごく慣れた手付きの方がずっと気になる。

「こう見えても料理は得意な分野でね」

心なし楽しそうな顔で手を動かすアーチャー。
その見たこともない横顔に驚きながらも、期待感が膨らんでいく。

しばらくして、出来上がった料理を机に並べたアーチャーは向かいに腰を下ろした。
思わず見つめたみちるの瞳に込められた思いに気付き笑う。

「一人で食べるのは味気ないのだろう?」

一緒に食べたかったのだと、聡いサーヴァントは気が付いていた。
食べる必要のない身体でありながら、マスターのわがままに付き合い食事を取ってくれるらしい。

一口食べて、こちらの様子を密かに窺っていたシェフに満面の笑みで百点を上げた。


アーチャーのご飯食べたい
(110824)