じりじりと肌を焦がす日差しが急にさえぎられる。自販機横の屋根ひとつないベンチはすっかり焦げていて、直接刺さる光は私の腕も足も容赦なく照りつけていたのに。突如できた影はどう見ても雲なんかの陰りじゃなく人工的な濃さをしていたから思わず顔をあげた。逆光にわずかに目を細めたが、光に目が馴染むのを待つまでもなくそれが誰だかわかる。

「幸村さん」
「俺の名前、覚えててくれたんだ」

 嬉しいな、と花の綻んだような笑みを浮かべた幸村さんは、そのまま、青学の応援? と首を傾ける。私は、どうして幸村さんが私に、と思いながら頷いた。

「幸村さんは、」
「ん、俺も試合を見にね」

 そう言いながらも幸村さんはジャージにテニスラケットを持っていて、おそらく見に来ただけじゃないんだろうなあと考える。誰かと打ちにきたんだろうか。
 見上げた体勢のままの私の首筋を、つうと汗が伝う。
 夏の日差しは強い。特に今日は、リョーマ様の試合の日だから。
 いつも以上に眩しく感じるのは私の主観も入っているんだろう。

 応援しているときは全力だから気にならないけど、休憩中や終わったあとには照り付けを強く意識させられる。私だって女の子だから、日焼けはあんまり好きじゃない。日焼け止めクリームとかはそりゃ塗るけど、そんなものとっくに汗で流れてしまっている。
 ぽた、と伝った汗が太ももに広げたハンカチに染みを作った。気休め程度の日焼け対策だ。

「…これ、日除け代わりによかったら」
「えっ、あ!」

 ぱさり。幸村さんの肩にかけられていたジャージの上着が私に被せられ慌てる。そんな、悪いです、と返すものの、迷惑? と苦笑いみたいに笑われると弱い。

「まさか! 今日日焼け止め忘れて塗り直せないからすっごくありがたいですけど!」

 でも、幸村さんのジャージを借りるのはやっぱりどうだろうか。
 幸村さんはジャージの下には半袖を着ていて、筋肉のついた腕が惜し気もなく晒されている。その腕の色にいたたまれなくなる。女子も真っ青な色白に、このジャージが日光から守るべき相手はどう考えても私ではなく幸村さんだと思った。

「女の子は大変だね。日焼け止めクリームとか、うちの妹もしょっちゅう塗ってるよ」
「幸村さんは塗らないんですか?」
「俺は別に気にしないなあ、男だしね」

 今度こそ返った苦笑いに何だか慌てて、あっ、そうですよね! と何度も頷いてしまう。
 吹き出すように零れた笑いにもう苦みはなくて(むしろ肩を震わせてまで笑っていた)ホッとしてたら、うん、と幸村さんが目を細めた。

「だからね、俺より小坂田さんの方が日焼けしたら大変だよ」

 せっかく白いんだからと微笑まれて(絶対お世辞だ!)使って? とお願いされて(首をことりと倒すのはずるい)。
 この人にここまでされて断れる女の子がいるのなら会ってみたい。私は無理だ。
 立海のロゴが入っていたらさすがに受け取れなかったな、と思いながらありがたく拝借する。

「あ、そうだ! お礼に何か奢りますよ」

 自販機を指差し言うも、女の子に奢らせるなんてできないよ、とやんわり拒否されて、唯一できそうだったお返しも難しそうだ。
 私の考える気配を察したのか、本当に気にしないでいいからと先手を打たれる。

「…幸村さん、そんなに優しいと女の子にすぐ勘違いされちゃいますよ」
「勘違い?」

 こてんと首を横に傾げる幸村さんが、私は唐突に心配になった。
 他校のほぼ面識のない私にすらこんなに優しい幸村さんは大丈夫なのだろうか。私でこれなら立海の制服を着た女の子になんて(たとえ幸村さんが知らない子だろうと)もっと親切だろうし、そうして私以外なら思わず勘違いしてしまうに違いない。

「男の人にジャージ貸してもらうなんて、女の子は絶対意識しますし」

 確かにすごくありがたかったですけど、こういうこと誰にでもしてたらすぐに泥沼展開ですよ、と声を潜める。幸村さんは一瞬だけ嬉しげに瞬いたと思ったらすぐに表情を変えた。怒ってる、わけじゃなさそうだけど、不機嫌、というか、ムッとした、というか、でも、どれでもなさそう、というか。
 確かに、せっかくの親切にいちゃもんをつけられたら誰だっていい気はしない。しまった。お節介が過ぎた。むしろ幸村さんには余計なお世話だっただろう。途端に後悔の念に駆られる。幸村さんがあんまり優しいから、私も調子に乗ってしまった。ううん、悪いのは幸村さんじゃなくて、その優しさに勘違いした自分だ。さっき勘違いされちゃいますよなんて言ったくせに、自分が勘違いしてどうするのよ。
 サッと青ざめた私に気づいたのかそうじゃないのか、幸村さんは厳しかった表情をふっと緩め私の顔を覗き込む。「小坂田さんは?」言葉の意味がよくわからなかった。

「はい?」
「小坂田さんは、俺に優しくされたら意識する?」

 幸村さんの形のいい唇が私の名前を紡ぐ。
 瞳の奥まで見透かされそうな距離にドキドキした。

「…し、ます」

 頷くだけで前髪が触れそうな距離は心臓に悪すぎる。

「そう、よかった」

 にっこりと笑った幸村さんに言葉の意味なんて聞けないまま、顔がとんでもなく熱いのは日焼けのせいだと自分に言い聞かせていた。

夏ってやつは!
(名前を知られてたことも、学校を知られてたことも、今日来ることを知られてたことも、
何も知らない)

実は無駄に高1と中2設定
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