「日吉、一緒に帰ろう」

練習終わり、汗に濡れたTシャツを着替えながら鳳が日吉に笑いかけた。
バッグを持って立ち上がりかけていた日吉はその言葉にピタリと動きを止め、下から鳳を睨みつける。しばらく視線を交わらせて最終的に負けたのはこちらで、溜め息しながら再びベンチに腰を下ろした。

「それなら、早く着替えろ」
「うん、ありがとう」

ふにゃん、と鳳が表情を崩す。
日吉はそれを苦虫を噛み潰したような気持ちで眺めて、すぐに目をそらした。



夕焼けに照らされる道を帰ることは、部活帰りには珍しくない。
テニスバッグを肩にかけ、ぽつりぽつりと会話をしながら鳳と帰ることも、日吉にとっては珍しいことではなかった。

「それでね、姉さんが――」

鳳は比較的饒舌で、対して日吉は寡黙である。
だから帰路では鳳の話を聞くのが日吉の常だった。

ぼうっとしていたつもりはないが――確かに、考え事はしていた――不意に鳳が心配そうに日吉を覗き込む。
突然目の前に来た顔に驚いて半歩後ずさりそうになった。何とか耐えたのは、驚いたと悟られたくないという無駄なプライドのおかげだ。

「日吉、聞いてる?具合悪いの?」


――俺、日吉が好きだよ。


あの日するりと鳳の口から零れ落ちた言葉すら、そもそも日吉には理解できなかった。
なぜなら、日吉は男子中学生である。鳳だって同じ部活動に所属しているのだから、どれだけ気弱でも男であることは当然だ。
それなのに、一体どうして。

「…日吉?」
「ああ、聞いてる」

あの日の言葉を、日吉はちゃんと聞いていた。
聞いていたのに、今みたいに反応できなくて。鳳の方も今みたいに聞こえているか確認などしてくれなかった。

「それで、ええと、どこまで話したっけ」

日吉が返事したことで安心したらしい鳳は、そうやってのんきに考える仕草をする。
どこまでだって話していない。日吉はただ聞いただけだ。そうして鳳は、ただ言っただけだった。

鳳は自分が好きだと言った。
好きだよの後ろには、一体何が付くのだろう。“好きだから付き合って”?“好きだけど気にしないで”?
“好きなだけでいい”だったら、それは困ると日吉は思っていた。

「鳳」
「うん?」

好きと言われた日から日吉はずっと考えていた。考えて考えてようやく答えを出したときにハタと気付いてしまった。
自分は鳳に返事を聞かれてはいなかった。鳳はあくまで言っただけで、それだけであった。

だけど、日吉はそれで終わらせるつもりはない。

「鳳」
「うん」

もう一度呼べば、鳳はしっかりと頷いて日吉の言葉を待った。
こうして自分の言葉を待てるのに、どうしてあの日はそうしなかったのかと尚更苛立つ。

胸倉を掴み上げて、鳳と日吉の距離はゼロに近くなる。
驚く鳳の理性が戻る前に日吉は言い放った。

「もう一度好きと言ってみろ。俺も言いたいことがある」

愛を語らせろ
(まずはお前から)


好きなだけでいいちょたと好きな理由も欲しい日吉。の原形
(120519)