髪を切ろうと思っていた。
アイドルのときは髪型一つ自由に出来なかったから、“アイドルじゃ出来ないこと”をして解放された気持ちになりたかった。



フードコートは閑散としていた。
ファッション誌を睨みながら、私は学校で買ったペットボトルのミルクティーに口をつける。都会では何十と種類があって選び放題だったヘアーメイク専門誌もここではあれこれ悩むことすら出来なくて、私は結局本屋にあった唯一の――本当に唯一だったの!――ティーン向け雑誌をレジに持って行った。
ページをめくりながら、頭の中で髪型と自分を当て嵌めていく。
バッサリショートか。ストパーをかけてみてもいいし。いっそ黒に染めるのもありかもしれない。真面目な私デビュー、なんて。

今年は空梅雨だなんて花村先輩は言っていたけど、やっぱり梅雨特有のじめじめとした暑さはある。
曇りの日の方が強いという紫外線も気になるし、屋根つきのテーブルに移動しようと腰を浮かせたら急に視野が陰った。

「悪い、待たせた」
「先輩!」

ストン、と立ち上がりかけていたのも忘れて足から力が抜ける。
先輩たちは今日、進路指導があるらしくて遅れてくる予定だった。完二は校門の辺りで先生に捕まってたのを見かけていて、私は一人でみんなが揃うのを待っていた。
名前順の関係だろうか、先輩は一足先に面談を終えたようだ。

「お詫びにこれ」
「わー先輩ありがとう!」

氷の入ったドリンクは、温くなったミルクティーより魅力的だ。先輩が私のために買ってくれたのだと思えば味だって三割増しでおいしく感じる。
隣に座った先輩が広げていたページを覗き込む。ショートヘアのアレンジが載っていた。

「髪を切るのか?」

ストパーをかけて前髪はぱっつん。サイドは編み込んでリボン型のバレッタで止めたそれは、朝も大して忙しくなさそう。
首を傾げて私を見る先輩に、思い切ってバッサリいっちゃおうかなと笑おうとしたら。

「りせの髪、好きなんだけどな。もったいない」

先輩の指が私の髪を滑る。
自分の意思じゃどうにもならない、あまり好きではない私のくしゃくしゃのくせっ毛を先輩が指先で辿った。

先輩が、先輩が、私を――私の髪を――好きだって!
一気に顔が熱くなる。好きという言葉だけが切り取られて頭の中をぐるぐると巡った。

何か返事をしなければと思ったのに、うまく思考が働かない。
顔が赤いのは暑さのせいにできるだろうかなんてぼんやり思っていたら、遠くの方から声が聞こえた。

「おーい、ワリィ、遅くなった!」
「花村」

花村先輩が到着して、先輩の手が私の頭から離れていく。
席に着いた花村先輩が同じように雑誌を見てイメチェン?と問うた。ショートも似合うんじゃね?とも。

髪を切ろうと思っていた。
アイドルのときは髪型一つ自由に出来なかったから、“アイドルじゃ出来ないこと”をして解放された気持ちになりたかった。
昨日までは。さっきまでは。

「ううん、暇つぶしに読んでただけ。もう、先輩たち来るのおそーい!」
「悪かったって!ジュース…は、もうおごってもらったのか。じゃあたこ焼き!たこ焼きおごっから!」

花村先輩が両手を合わせて謝ると、それを見て先輩も笑う。私もつられて笑った。

好きって言うなら、好き。
(髪の毛、ずっと伸ばそうっと!)


りせちー誕生日おめでとう!
(120601)