うつらうつら。頭が少しずつ下の方に下がって、時折ふっと浮上する。そんなりせの様子に気づいて、夏目は思わず目を細めた。

「眠い?」
「んー…」
「寝ててもいいよ。10分前になったら起こしてあげるから」

リモコンでテレビの音量を下げる。ソファに夏目とふたり寄りかかるように腰掛けていたりせが、抱えたクッションをぎゅっと抱き直し首を振った。

「だって、せんぱいが」
「俺が?」
「ぜんぶ、しちゃうでしょ。おそばの準備、まだなのに」

任せっきりなの、嫌だもん、とふくれっ面をして見せる横顔はもう十分眠りの淵に落ちていたけれど。
最後の抵抗とばかりに瞬きをくり返すりせにふと笑みが漏れる。

今をときめく現役アイドルであるりせと大晦日を一緒に過ごせるのは、本当に奇跡のようなものだった。
実際、無理だとあきらめていた。年末年始にひとりはあまりに寂しいから、夏目は堂島家にお世話になりに行こうかと考えていたくらいだ。
それがまさか、休みがとれるなんて。電話で知らせてきたりせ自身驚いていて、それでも喜びを隠し切れないらしい上がり気味の口調で話した。

「井上さんが、年末年始は家でゆっくりできるようにって!特番は録画だけで済むようにしてくれたの!」

見えていないけど、りせの頬は嬉しさに高潮しているに違いない。
真っ赤に熟れさせる頬を想像するだけで口元が緩む。誰が見てるわけもないのに顔をそむけ隠した。

「だからね、あの」

りせが少し口ごもる。夏目は、大晦日をりせと共に過ごせないものだと思っていた。それはりせも同じだ。
もう予定が入っているかもしれない、と躊躇を見せる彼女にばかだなと笑いたくなる。りせは、ばかだ。俺が、お前と過ごせる大晦日を棒に振るとでも思っているのか。彼女のマネージャーまでもが気を利かせてくれたというのに!

「大晦日、りせのために空けてていいんだよな?」
「…!うん!」

それから、りせは今から収録だからと電話を切った。先輩と過ごせる大晦日、楽しみにしてるねとはにかんだ声に、夏目も小さく笑った。

そうして迎えた大晦日を、二人はゆっくりと過ごした。夕食はりせが作ったから、後片付けは俺にさせて、という言葉に押され、りせは渋々リビングに戻って。本当は、夕食だって夏目が手伝ってくれたのだ。昔に比べて、確かに料理の腕は上達したけど。同じように先輩の腕も上がってるのはさすがというか、敵わないなあと思う。
夏目の家では夕食に年越しそばを食べていたが、りせは年をまたぎながらそばをすするのが好きだと言った。おばあちゃんちでそうしてたの、と懐かしそうに目を細めたりせに、夏目が反対するわけもない。

そうして冒頭、夏目がりせの隣に戻ってきたところへ戻る。後片付けとともにそばも茹でるだけの段階まで準備してきたのだが、りせはぼんやりと意識を飛ばしていて気付いていないようだった。

そうだ、と夏目はふと思い立ち、りせの肩をそっと掴んだ。そのまま力を入れてこちらへ倒す。
ぽすんと夏目の膝に頭を落としたりせは一瞬の硬直ののち大慌てで夏目を見た。

「せ、先輩?!」
「休むなら貸してあげる」

固いと思うけど、と笑った夏目にりせが咄嗟に否定の声を上げる。そんなことない!という言葉はいい方に取ればいいのか悪い方にとればいいのか、わからないまま笑ってしまった。
大慌てのりせは目を右に泳がせ左に泳がせ、落ち着かない様子で視線を彷徨わす。

「休めない?」
「ど、ドキドキして、眠れない…」
「ドキドキ、するんだ?」
「しないわけないじゃん…!」

よかった、とりせの髪を手で梳く夏目に、りせが首を傾げた。もぞりと動いた頭にくすぐったいよと返す。慌てたように固まった。

「前は完全に安心し切ったように寝られたから、ちょっと複雑だった」
「え?!」

まったく身に覚えのない話に思わずりせが身体を起こす――起こそうとして、夏目に「だーめ」と阻止され、頬を染めたまま再び膝に頭を沈めた。
それでも黙ってられない内容に、口を開く。

「い、いつ?!私そんなの知らないよ!」
「高校の頃、修学旅行の日。覚えてないだろうけど、りせ、俺の膝ですやすや眠ってくれちゃって」

はくはくと口を開閉させてその頃の記憶を必死に辿った。あの日は途中で記憶がすっぽりと抜け落ちていて、何があったのか未だに誰も教えてくれない。先輩が嘘をつくとも思えなくて、でも、まさか。

「意識されてないなあって思ってたから」

今、ちょっとはドキドキしてくれてるみたいで嬉しい。
後ろで笑う気配とともに頭を撫でられてりせの身体は硬直する。ドキドキしないはずがないし、緊張しないわけもない。好きな人とこんな近い距離でいて、触れていて、平静を保てるわけがなかった。

もう眠気はすっかり覚めていた。そこで、夏目が朝からあれこれ自分の世話を焼いてくれていたことを思い出す。
自分より夏目の方が疲れているに違いない。どうせ自分はもう――それは幸せすぎてなのだけど――寝つけないのだ。なら、夏目に休んでもらおう。

「せ、先輩、寝ていいよ。私ドキドキして眠れなさそうだもん…」

そういうと、しばらくの沈黙が二人を包む。もう寝たのだろうか?不思議に思って身じろごうとしたところで、りせ、と声がかかった。
りせ、こっち向いて。仰向けになって。それは少し恥ずかしかったけど、言われたとおりに上を向き夏目を見上げる。
手をそっととられ導かれた先は夏目の左胸で、触れた先から伝わる鼓動の早さにびっくりした。

「…俺も、好きな子を膝枕しててドキドキしないほど、大人じゃないんだ」

照れたように笑った夏目につられて、りせも顔を赤くさせる。
テレビの音量を下げたから、外の音もよく聞こえる。鐘の音が耳に届くけど、今はまだ、年越しそばの準備なんてできそうになかった。

つごもり。
(年を越して、月を追いかけて。それでも全然辿りつける気がしないのはどうして)

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