自分の心臓の音なのに、なんだか遠くから聞こえているような、そんな気がした。朝からどくどくと大きな音を立てている。
今日、学校へ来る途中に遠回りをして先輩の家の前を通ってみた。当たり前だけど先輩が出てくるはずもなく、ただあの人に懐いていた猫たちが餌をおくれとにゃあんと鳴いた。
あの人がしていたように自分も猫の頭を撫でてみる。猫はしばらく好きにされていたが、餌が貰えないとわかってからは不満そうに一声鳴いてどこかへ行ってしまった。追いかけなかった。

私はひとりで先輩の通学路をてくてく歩く。あの人も、こうして最後の景色を眺めたのだろうか。桜の色づきを見て目を細め、並木を歩いたのだろうか。

今、あの人がここにいたら、と私はありもしないもしもを思い浮かべる。
もしも、先輩がここを私と一緒に歩いていたなら、私は先輩の頭に乗った桜の花びらを優しく取ってあげるのに。私は、ちょっとかがんで、と先輩の腕を下へ引っ張り、普段は見られないあの人のつむじを眺めこっそり笑う。
でも、いくら声を殺したって、私があの人を出し抜けるはずがない。笑わないの、と優しく諭されるともっと笑っちゃいそう。先輩が困ったように頭をかいて、不意打ちに私の唇に人差し指を宛てがう。しい、と内緒話をするみたいに、そっと触れる指。思わず赤くなる私に、今度は先輩のほうが笑い出しちゃうんだ。

「…なんてね」

なんて陳腐な妄想。桜並木を歩くのは二人じゃなくて、私だけ。
隣にひとり分のスペースを空けて歩く私。埋まらない。大きな穴が、どんなに土をかぶせようとも埋まってくれない。
しだいに私は、土をかぶせることもやめてしまうだろう。スコップを放り出してその場にうずくまる。

ねえ、先輩。さびしいよ。会いたいよ。穴が埋まらないの。あなたが空けた大きな穴が、私の心に冷たい風ばかりを届ける。寒い。冷たい。足の先から氷になっていくみたい。

ねえ、先輩。お願い、


ひとりにしないで
(笑っちゃう。あなたがいないこの世界で、私は生きていくなんて)


先生に依存してるりせちーも可愛いと思います
(101021)