たびたび存在する不自然な怪我を不審に思われていたことは知っていた。
それはたとえば、火炎吸収を所持したペルソナを装備したつもりで火炎弱点のペルソナを付けてて火傷をしたり、ハイパーカウンタで調子に乗っていたらデスバウンドをクリティカルで食らったり、パトラ持ちペルソナを合体させた直後に激昂状態におちいり敵から大ダメージを貰ったりと、理由を知る仲間からすれば「うっかりしてんなよ相棒!」で済む問題ばかりであった。
が、部外者からすればそうはいかない。

「…何すか、それ」

夏目がしまったと思ったのは、後ろから固い声が聞こえてからだった。声の主――尚紀の視線を辿るようにして自身の腕の切り傷を見やる。
放課後の保健室は、部活で転んだ生徒くらいしか訪れる者はない。
夏目のクラスのホームルームが早く終わったこともあり、まだまだ誰も来ないと踏んだのだが間違いだったようだ。

昨日も夏目は“うっかり”をしでかして物理反射のシャドウに思い切りガイアソードを振り下ろし、見事に返り討ちにあった。
SPを惜しみ回復を得意とする雪子やクマに頼まなかったのがいけなかったらしい。自らでかけたディアラマでは完全に治すことは出来ず、こうして傷口を塞いだ跡が残ってしまった。
しかしこれも、今日再びテレビの中で回復すれば跡形もなく消えるものである。最悪自然治癒でも平気な物件だ。
だから夏目は気にせず保健委員の当番をこなしに来たし、しかしせっかくタダなのだから学校の傷薬を使っておこうかなと軽い気持ちで傷口を露出させた。
――ところを、同じく本日の当番である尚紀に見つかった。

「…尚紀、早かったな」
「俺だけ掃除免除だったんで」

させろよクラスメイト、させろよ担任!
八つ当たりのように思うも、尚紀の視線は未だ腕の大きな傷跡に刺さったままだ。

夏目は前にも尚紀に怪我した様を見られている。
一度目は、妹――ではないのだけど――と料理をしていて盛大に鍋をひっくり返したと嘘をついた。尚紀は夏目よりもむしろ菜々子の心配をしていた。
二度目は、友人とプロレスごっこをしたのだとごまかした。当時すでに陽介との河原殴り合い事件が有名になっていたので、尚紀はすんなりと納得した。
三度目は苦しいものがあった。無防備に攻撃を食らった跡は、どう見ても悪い想像しかできない。苦肉の策としてヌシ様と戦闘したと告げた。尚紀は訝しみながらも頷いた。

さて、今回はどうしようか。切り傷の言い訳としては、料理、工作、紙辺りが無難だろうが、いかんせん場所が悪い。肘下の外側に切り傷など、誰かに攻撃されない限りまずない。転んだにしても、一本しかない切り傷は不自然だ。
言い訳を考える雰囲気を察したのか、尚紀が目を吊り上げる。

「仏の顔も三度までですよ」
「え?」
「もうごまかされてやりませんから」

その場しのぎの嘘をこさえる前にそう言われ、夏目はぽかんと瞬いた。
それからようやく尚紀の言葉の意味を理解する。

尚紀は夏目の嘘に気づいていた。
それでも、不自然な傷ばかりを作る夏目が真実を隠そうとするから、納得したふりをしていたのだ。

しかし弱ったと夏目は頭を掻く。怪我の説明をしようにも、まさかテレビの中でペルソナ出してますとは言えないし、お姉さんを殺した犯人を追っているとはもっと言えない。
何も言えずにいたら尚紀が更に追い打ちをかけてきた。

「…俺が、心配しちゃ、だめですか」
「え、」

俺だって、心配くらいしますよ。
いじらしい発言にくらりとくる。

つい先日姉を亡くしたばかりのこの少年は、再び誰かが消えることをひどく恐れていた。
それなのに、こんな異常な怪我ばかり見せられて、不安に思わないわけがない。

俯いてしまった尚紀の肩に手を添え慰めようとして気づく。
尚紀の耳は赤く色づいていた。
なぜ、と不思議に思った夏目は、意を決したように顔を上げた尚紀の言葉に同じ顔色になる。

「夏目先輩がいなくなったら、さびしいです」

…それは反則だ。誰か、アムリタソーダをくれないか!


state is charm!
(悩殺なんて異常状態、どうやって直したらいいんだ!)


書いたあとにP4に悩殺状態なかったことに気付いて書き直しました
(120728)