まっすぐに自分を見つめる視線とは、心地よくもくすぐったいものである。
先輩すごい、と瞳を輝かせて喜ぶりせは顔いっぱいに“あなたが大好きです”と書いてあるので何度見ても堪え切れず笑ってしまった。まるで日曜日のヒーローを応援する幼児のようなのだ。

「りせの目はまっすぐだ」

りせ自身に以前そう言ったことがある。
まっすぐに夏目を見つめるその視線が、自分を大好きだとひしひしと伝えてくるのだと。
りせは照れることもなく、気付いた?と目を細めた。

「だって、大好きだからまっすぐ見つめていたいの」



保健委員の仕事はあまりない。
昼休みではなく放課後の当番を希望した理由は、単純かつ不純な動機だ。尚紀も放課後の当番なのである。

「…あの、俺ひとりでも平気ですよ」

隣に座り名簿を眺めていた尚紀がおずおずとそう言ってきたので夏目はこてりと首を横に倒した。続きを促され尚紀が再び口を開く。言いづらそうな声音だ。

「…いつもあんた、放課後は忙しそうだから」
「見てたの?」
「げた箱で、たまに」

夏目が少しだけまずったなという雰囲気を出したので、尚紀は慌てて謝る。盗み見とかするつもりはなかったんですけど、と伏せられた目に今度は夏目が慌てた。
夏目がまずいと思ったのは、喜色満面で自分に飛びつくりせを目撃されたのではと思ったからだ。しかしそれは自分の都合であり、尚紀が申し訳なく思う必要はない。

「放課後ね、確かに忙しいんだ」

ぴくりと尚紀の肩が揺れた。視線は相変わらず下を向いていたが、焦点は名簿に合っていなかった。

「そう、ですよね」

なら、やっぱりそっちを優先してと尚紀がそんなことを言い出す前に、夏目は付け足した。

「だから、尚紀といるときくらいゆっくりしたい」
「……っ」

尚紀の瞳がゆらゆら揺れる。
戸惑い。喜び。安堵感。こそばゆさ。そういうものを交じり合えた色を浮かべて、でも決して彼は夏目の方を見ない。

夏目は、いつか尚紀に言ってやりたいと思っている言葉があった。
彼がどうして自分を見ようとしないのか、それを彼が理解したときに教えてやろうと思っていた。


一人の男だけ見つめている女と一人の男からいつも目をそらす女は、結局似たようなものである。
(気付いていないのは、おまえだけだよ)


いやまあ尚紀は女じゃないんですがね
(120116)