「尚紀は細いな」

世間話の一つだったのだろう。
言いながら夏目がビフテキ串にかぶりつくのを見て、尚紀はそうっすかねと首を傾げた。
確かに、毎日ビール瓶を一杯に詰めたカゴをあっちへ持って行きこっちへ持って来てをくり返している割には筋肉らしい筋肉はついてないし、元々骨が細いこともあって胴も薄い。
色白は母譲りで、それがなおさらか細い印象を与えるのかもしれないと思った。

「手首とかさ、指回りそう」
「試します?」

自分の指ならたやすく回せる。それに夏目の方が手も大きいに違いない。
ビフテキを食べ終わって串をごみ箱に放り込んだ夏目が、するりと尚紀の手に触れる。
自分から言っておいて、彼の手が肌を滑ることに少し緊張した。

「…指が回るぞ」

衝撃を受けた様子の夏目が、しかも人差し指で、と付け足す。
それで終わりだと思っていたのに、夏目はあれこれ尚紀の手を観察し始めた。

「指も細いんだな」
「…自分じゃよくわかんないっすよ」

すう、と夏目の指が尚紀の手を伝い息を飲む。
何も考えずに無意識で差し出した片手を、夏目が大事そうに両手で包んだ。
それが気恥ずかしくむずがゆい。

「白いし、すべすべしてる」
「…誰と比べて?」
「うん?俺」

言外に、誰にでもこう言うことをしているのかと尋ねればさらりと否定される。
それにホッとして、嬉しく感じている自分も大概だと思った。

「尚紀の手、好きだな」
「…っ、あ」

夏目が尚紀の手を撫でる。
顔も上げないで、先程尚紀が手を差し出したときのように、何も考えてないみたいに言葉を漏らした。
尚紀は赤くなった自分の顔をどうすることもできず、夏目が顔を上げなくてよかったと言う気持ちと、それでも顔を見たかったと思う気持ちとで板挟みになりながら目の前のつむじを睨んだ。
心臓がうるさくて困っていた。
困ったフリをした。


ハートビートオート
(薄い胸の下で、白い皮膚の下で、僕のしんぞうが動いてる)


(120316)