「君がそんな人だとは思わなかったよ」
ひょんなことから、女の子と観覧車に乗ったのがバレた。
俺としては他意はないし、頼まれたから一緒に乗っただけだ。それでもなんとなく後ろめたさを感じて秘密にしていたのだけれど、うっかりぼろが出たらしい。
「僕は君とだけ乗りたいと思うのに、君はそうじゃなかったんだ」
「いやそんなことは、」
「でも乗ったんだろう?」
う、と言葉に詰まる。Nにとって、観覧車は特別なものらしい。
すっかり拗ねてしまって、観覧車の外の景色を眺めてこっちを向いてくれない。
「こんな風に、手を握ったのかい?」
そっと重ねると、じぃ、と俺の瞳を覗き込み返事を待つ。
大変言いにくい。言いにくいのだが。
「…ゴメンナサイ」
「ああやっぱり!握ったんだ!」
いやでも、女の子が怖いと言って手を握ってと要求してきたらつい応えてしまうものだろう。と、Nに言ったって通じるはずもない。
こいつなら何故だい?とか言って、女の子の潤んだ目を一瞥しそうだ。同じ男なのに俺の心理を理解してくれやしないに違いない。
急にNがそわそわしだして、帽子のつばをきゅうと握った。
これはなにか言いたいけど言ってもいいか悩んでるサイン。
あれから、彼はこうしてなにか言おうとして悩むようになった。
それは、自分の言葉が相手や自分を傷つけるかもしれないということを知ったからで、今もそのどちらかの恐れがあるらしい。
こういうときは、Nの言葉を根気よく待つことにしている。
「…まさかとは思うけど、」
「うん?」
「キス、とか」
クラリとめまいがした。そこまで軟派だと思われていたなんて!
「してないに決まってるだろ!」
「よかった。キスしてとは言われなかったんだ」
「お前、浮気かなんかと勘違いしてない?ほんとにただ一緒に乗っただけだから」
だいたい、ひとつ言っておかなきゃいけないことがある、と俺は口を開く。
「例え言われても、しなかったよ」
「ほんとに?」
「したいやつにしかしない」
そういうとNは再びそわそわし始めた。それから。
「…トウヤ、あのね」
―――キスして
お安いご用だと、俺は下を向いてしまったNのあごを持ち上げた。
赤い観覧車
(101003)