「えーと、」

白石?とわずかに混乱を覚えながら佐伯は小首を傾げた。頭の中はクエスチョンマークでいっぱいで、それでも何とか笑顔を浮かべる辺りに佐伯の気使いが感じられる。
同級生に馬乗りになられた。
いや、正確には同級生ではないのだけど。

佐伯が白石と中学生以来の再会を果たしたのは、テニスサークルの歓迎会の会場だった。学部は違うものの同じ大学へ入学していたこともそのとき知った。
以前から面識はあったし、何よりテニスという共通の話題があったのは強みである。佐伯と白石が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

事の発端は料理の話題からだ。
一人暮らしの佐伯はある程度自炊ができる。その話から白石が佐伯の作る料理を食べたいと言い出して、二人で佐伯宅で飲む流れになって。
佐伯は普通の一人暮らしの男くらいの腕だよと笑ったが、中学生の頃から自分で捕った海の幸を調理していた男の腕前がそんなものなはずもなく、白石も舌鼓を打ちながら佐伯のこしらえた料理を食べて酒をあおっていたのだけど。

「おーい、もう酔ったのか?」

腹の上、赤らんだ頬で佐伯を見下ろす白石の顔の前でひらひらと手を振る。
白石と飲んだことはなかったが、宅飲みの話になっても嫌そうな素振りを見せなかったので酒は平気なのだと思っていた。実は酔いやすいタイプだったのだろうか。
水を差し出そうにも上に乗られていてはそれも敵わない。

「白石?」
「佐伯くん、鈍すぎやあ…」

酔っ払い扱いしたのが不満だったのか、むすっとした表情を浮かべた白石が舌足らずにむくれて見せた。
鈍すぎとは、と先程より更に深く頭を傾けた佐伯に唇を尖らせる。

「俺、結構アピールしとったつもりなんやけど」
「アピール?」
「自分でも相当わかりやすく佐伯くんにしっぽ振っとるで俺」

しっぽと言われ、佐伯は日頃の白石を思い出した。白石は遠目でも佐伯を見かけると手を振ってくれる。食堂では毎回声をかけてくれるし、サークル後に食事に行くことも多い。
他にも、と思い起こす。白石はスキンシップが激しかった。すれ違い様に肩に触れ、試合に勝てばハイタッチをし、時には勢い余って抱き着くこともある。
佐伯は確かに懐かれているなあと思っていた。だが白石が関西出身なのは知っていたし、あちらはボディタッチが関東より多いと聞く。何より千葉に残してきた後輩のような、可愛い大型犬に構って構ってと言われている気分だった。昔の大人っぽい印象は早々に消え失せ、あれは部の最高責任者としての顔だったのだろうと考えるようになっていた。
しかし、口ぶりからするとそういうことではなかったらしい。

「佐伯くん、全然気づかへんし。せやのに、駄目元やったのに今日家に入れてくれるし」
「今日?」
「あんま期待させんといてやあ…いくら俺でも浮かれるに決まっとるやん」

この天然タラシ、と不名誉極まりないことを言いながら白石はじっとりと佐伯を睨んだ。
佐伯は白石の言葉一つ一つを拾い上げ考える。家に招いて、期待するって?おまけに今日の日付も浮かれる要素らしい。
全てを繋げて佐伯はなんだ、と笑った。長期戦を覚悟していたというのに、そんな必要はなかったようだ。

「白石は、俺の誕生日知らないんだと思ってた」
「知っとるに決まっとるやん、佐伯くんの誕生日やで」
「ねえ、それどういう意味か教えてよ」

ここまで饒舌だった白石が、恥ずかしげに目元を染めた。もう随分後戻りできない部分まで言っておいて、ごまかせないところまで来ておいて、おまけに何も告げぬまま馬乗りにまでなってきたというのにどうしてそこで照れるのか。
佐伯は目を細め先に口を開く。

「俺は、例え相手が知らなくても、好きな子と過ごせたらいいなって思って今日お前を呼んだよ」

弾かれたように顔を上げた白石に笑って勢いよく上体を起こした。先程とは逆の体勢に、白石も先程の佐伯同様ぽかんと呆ける。
遠慮する理由はもうなくなった。
とすれば、いつまでも上にいられるのは面白くない。
佐伯は口の端を歪めて思う。さてそろそろ形成逆転だ。

ハイターン
(痺れを切らすのがわずかに早かったようです)

サエさん誕生日おめでとう!!
(121001)