なにしてんだ、こいつ。
言いかけた言葉をかろうじて飲み込んで、ソウルはそうっとコトネに近づいた。
今日は虫取り大会だったなと立ち寄ってみたら(ちなみに自然公園についた頃にはすでに終わっていた)(前回も前々回も間に合わなかった)(ちょっと泣きたい)、柵の向こう側、少し奥まった場所ですやすやと眠りにつく少女の姿があった。
ただいまお昼過ぎ。陽射しが気持ちいい時間帯。
しかし、年頃の女が無防備に眠っていいところではない。寝るなら自分の家だとか、ポケモンセンターの個室だとか、そういうところで寝てほしい。隣に彼女のバクフーンが丸まっていた。すぐに彼女の考えが読み取れる。「バクフーンがいるから大丈夫」大方そんなところだろう。

柵を飛び越えると、バクフーンがふっと顔を上げてこちらを見て、すぐにまた目を閉じた。信頼されているのかとも思ったが、バクフーンが一瞬見せた表情は「なんだ、こいつか。じゃあいいや」とかそんな感じだった。安心して任せてくれたというより、こいつにゃ何もできないだろう、という風である。ソウルは無性に苛ついて、それでも物音を立てないように彼女に近づいた。まつげが長かった。白い肌は太陽の光を浴びて黄色く染まっていた。唇は何か塗ってあるのか、つやつやに輝いていた。

ごくり、とつばを飲み込む。
無防備に寝やがって。俺だったからよかったものを、他の誰かならどうするつもりだ。心の中で悪態をつく。バクフーンが強いことは重々知っているが(何せいつもソウルのポケモンはこのバクフーン相手に6タテされるのだ)(こちらも泣きたい。大いに)、しょせんはポケモンだ。おまけに、うとうとと夢の世界へ片足突っ込んでいる。用心棒になるのか?―――否、なるわけがない。

「…お前、無防備すぎ」

そう、これは、コトネが無防備すぎるのがいけないんだ。
無防備なこいつに、少しおしおきをしてやるだけなんだ。
先ほど俺だったからよかったものを、なんて言ったことはすっかり忘れていた。バクフーンは相変わらず寝ている。ソウルは少しだけかがんで、コトネのそのぷっくりとした唇に己のそれを近づけて―――

「…ん、あれ、ソウルどうしたの?」
「なななななんでもねえよ!!」

瞬間、パッと開いたまぶたと同時に、ソウルは思わず後ろへ飛びのいた。きょとんしたコトネ。赤い顔で固まるソウル。

「お前!なんで起きるんだよ!」
「え?」
「こんなとこで寝てんじゃねえよ!」
「え?え?」

起きるなって言ったり、寝るなって言ったり、一体どっちなんだ。
無茶苦茶なことを言われて頭にはてなマークを飛ばしているコトネと、ちくしょう…!と拳を握るソウル。

バクフーンが、くあ、とあくびをした。


一歩進んで二歩下がる。
(進みやしねえ…!)


捧げ物/わかな先輩へ
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