別れようと言われたから、私はうんと頷いた。彼は私より10も年上で、会社員で、高校生の私ができることは聞き分けのよい「いい子」になることだけだった。

抱きしめたいと言われたから、私は頬を緩めながらいいよと言った。
キスをしたいと言われたから、私は赤面しながら唇を重ねた。
セックスがしたいと言われたから、私は怖いのを我慢して小さく首を縦に振った。

それから彼は、私に頬を緩めさせることも赤面させることもなくなった。私が恐怖を一生懸命堪えて小さく小さく頷くことだけを求めて、私の身体を掻き抱いた。たまには外に行こうかと言われて喜んでついて行ったら、神社の隅で求められた。食事に行っても、映画を見に行っても、彼は最初はつまらなさそうにしていて、私は必死に彼を楽しませようとした。結局彼が元気になるのはデートの最後。ホテルの入り口に立つ彼はその日の中で一番楽しげだった。

彼が、知らない女の人といるところを見た。
その場で問うことも出来ず、後日どういうことか詰め寄った。
人違いだと言われた。それは俺じゃなかったと言って、強引にキスをしてきた。嫌がる私を見て、俺に抱かれるのは不満かと文句を垂れた。他の誰に抱かれたと疑われた。誰もいない、あなただけだと言っても信じてくれなかった。その日はずっと私を抱いて、ぼろぼろになった私に毛布を一枚かけて彼は部屋を出た。

彼と会う機会は日に日に少なくなっていった。気まぐれに私のところに来る彼を部屋へ通し、求められるままにセックスをした。ひとことも話さないときもあった。情事後、一緒に寝てくれないときもあった。私にソファで寝るように言いつけて、私のベッドで大の字に寝る彼の姿を何度も見てきた。

別れようと言われたから、私はうんと頷いた。彼はいい子だねと私の頭をひと撫でして、軽いキスをした。踵を返して行ってしまった彼の後ろ姿をおぼろげに見つめた。お腹の大きな女性と優しく笑い合っていた。いつか見た女性だった。彼が私に向けた笑顔を、私は今でも鮮明に思い出すことが出来る。それは、先ほどの女性に向けた笑顔よりもずっとずっと綺麗で、優しくて、愛に満ちていて、私にだけに見せてくれた顔。

ぼろぼろと涙が溢れた。止める気もなかった。拭ってくれる人はいない。涙を受け止めてくれる人は、今じゃない、もっと昔になくしていた。そのことに気付いていた。気付かない振りをしていた。
彼が好きだった。どうしようもないくらいに。


好きだった


(090617)