こたつの魔力はすごい。
 だらけ切った表情でふにゃふにゃしている仁王を横目で見ながら、きっとこの人には特別効果が抜群にあったのだろうと日吉はそんなことを考えていた。何せ普段から暑いのは嫌い、寒いのはもっとキライ、だけど暑さもやっぱり大嫌いと四季のある日本に適さないことばかり抜かすような人物だ。そういえば夏には冷房の効いた室内で毛布に包まりいささかご機嫌になっていた気がする。そんな人物にこたつなんて、猫にまたたびをやるようなものだ。
 仁王の家にはないというこたつはただでさえ彼のお気に召すものであったようだが、その形状がさらに拍車をかけていた。日吉の家のこたつは、いささか普通のこたつよりも深い。昨年行ったリビングのリフォームの際、祖母のささやかな要望からテーブル周りの床だけ一段下げた設計にしていた。掘ごたつみたいにしたいねえ、正座すると足が太くなるからという祖母の可愛らしいお願いは見事聞き入れられたのである。
 そんな日吉家自慢のこたつを、仁王は大層気に入ってしまったらしい。またたびを与えられた猫は自らそれを手放すようなことはしない。痺れを切らした飼い主に取り上げられるまでごろごろぐるぐる喉を鳴らし続け、とろけきった目でうっとりと酔いしれるのである。仁王もそんな目をしてこたつに入り浸っていた。

「……仁王さん、初詣に行くって言ってましたよね」

 一年の計は元旦にあり。何事も始めが肝心と、幸村の一声で立海テニス部は今年初詣が義務付けられ、その証拠におみくじを持ち帰らなければならないと言っていなかったか。ついでに日吉も幼い頃から下剋上をお願いしている馴染みの神社にお参りに行くことを決め、その支度を済ませてきたところである。あとはコートを羽織り靴を履くだけの日吉に対し、仁王は先程準備を促したときから一分も変わらぬ恰好でこたつに潜り込んでいた。――こたつむり。日吉の脳裏にそんな造語が思い浮かぶ。

「…おー…」

 何に対しての返事なのか、肯定するように絞り出された言葉は残念ながらまったく行動と一致していない。日吉は、出かける用意をして下さいねと伝えたときも返った言葉がこれであったことを思い出した。なるほどこれは信用に値しない返答だ。こたつの緩やかな暖かさに毒されて、むにゃむにゃと返事らしきものをしているだけである。

「ちょっと仁王さん、今日行かないとまずいって言ったのあんたじゃないですか」

 お参りのため1日と2日は練習を休みにしようという幸村の提案は、提案でありながらすでに決定事項だった。仁王は休み明けの3日におみくじを見せなければならないと言うのに、こたつに嵌まってまるで抜け出す気がない。このまま仁王を放って日吉だけ行ってもいいのだが、ついでに俺の分のおみくじも引いてきて、とお使いを任されるのも癪である。何とかこの人をこたつから引きずり出さないと。

「仁王さん」

 咎めるような口調に仁王はまどろみ閉じていたまぶたをゆるゆると持ち上げた。だって外寒いんじゃもん。唇を尖らせたいのはこちらである……いや、別段尖らせたくもないが、とにかく文句を垂れたいのは日吉の方だった。じゃもんと言われても、休み明けの幸村の拳は消えないのだと仁王だって知っているだろうに。そんなにこたつが大事か。
 日吉は妥協案として、カイロを準備しましょうかと問うてみた。本当なら己で用意しろと言いたいところをぐっと耐えて、まあ自分用のついでだしなと自身をなだめる。そう、日吉だって寒がりなのだ。なのに、こたつの誘惑を必死に跳ね退けこうして仁王の尻を叩いているのだ。もう少しその辺りを汲んでほしい。寒がりの日吉が、寒いというのに外を促しているその理由に――二人で出かけたいと遠回しに言っていることに、仁王は早く気づくべきだ。

「…カイロ、のう」
「ふたつ出しましょうか」

 買い置きの残量を思い浮かべながらさらに餌を重ねると、仁王は少しばかり考える仕種でこちらを見た。両のポケットにカイロを詰めることは冬の日吉の日常なので、消費量的にはまったく痛手ではない。だから何の問題もなかった。

「…ふたつはよかよ、ひとつで充分じゃ」

 少し笑いを含んだ言葉に頷いてカイロを取りに行こうとした日吉を、仁王はこたつの中からこいこいと手招きした。まったくいいご身分だこと。呼ばれるままに近づいた日吉に対して仁王はすっぽりとこたつの中に潜ってしまう。テーブルをこたつ仕様にすると日吉の兄も必ず行うこれは一体なんなのだろう、何が彼らをこたつの中へと駆り立てるのか、そう思っても、呼んでおいてこの仕打ちでは日吉も苛立ちを禁じ得ない。

「仁王さん何してるんですか」

 近づいてしばらく待ってみたものの、仁王が顔を出す気配はなかった。先にカイロを用意しに行こうか。いやこれが長引いてもまずいので、まず一声かけるべきだろう。そう考えてこたつ布団をめくった瞬間、仁王はその手を掴み日吉をこたつの中へと引きずり込んだ。

「――っ、」

 静かにくっつけられた唇は、こたつに潜んでいたからであろう、じんわりと熱くて、日吉の冷たい口唇を温める。去り際に上唇を舐められ固まった。

「つかまえた」

 してやったりと笑った仁王が、あと10分だけ、となおも初詣の延期を求める。
 カイロが温まるまででええから、と言われても、日吉は困った。だってそんなもの、用意してなどいない。
 だけど日吉を抱きすくめる仁王が楽しげに自分の耳を食み、背中を撫で回し、鎖骨をなぞり上げるものだから、日吉は次第に何も考えられなくなってあきらめた。どんどん身体が熱くなる。
 10分後、今度は日吉が初詣の先送りを訴える番だった。

こたつには魔物が住むの。
(だめだ にげられない!)

あけましておめでとうございます。
(140107)