月の浮かぶ空を見上げ食べた食べたと満足げに腹をさする先輩は、珍しく上機嫌そうに見えると笠井は思う。
以前、同僚に黙っていたら怒ってなくても機嫌の悪そうに見えると言われたことを零した三上が本当に不機嫌に眉をひそめていたので、その目付きの悪さがいけないんじゃないですかとアドバイスしたことがある。SEとして就職した三上は中学時代からよかったわけでない視力をどんどん悪くして、今では仕事中以外にも眼鏡をかけていることが多くなった。その眼鏡を外したとき、三上の目付きは一際悪くなる。不機嫌どころか、人生最悪の日なのかと見紛うくらいに。
その三上が今、誰が見てもわかるくらいに機嫌をよくしている。
いや、誰が見てもとは言い過ぎかもしれない。少なくとも中学時代の仲間である笠井には、多少会わない期間があったとはいえすぐにわかった。

「三上先輩上機嫌ですね」
「あ?」

前を歩く三上が振り返る。笠井は持っていた三上のプレゼントの山を抱え直した。
久々に部活メンバーが集まったのは三上の誕生日を祝うため――といえば聞こえはいいが、ようは酒を飲み騒ぐ口実が欲しかっただけだ。今でも交流のある先輩方や藤代たちがしょっちゅう集まって飲んでいるのは知っていたけど、顔を出したのは初めてだった。
誘いが来たときに藤代が、三上先輩も来てくれるって、やっぱ主役がいないと駄目だよなーと話していたから、笠井は参加を決めた。
その藤代が学生時代と変わらず渋沢に尾を振り駆け寄るので、その付き添いのように、渋沢の隣にいた三上に近づいて。こんな、藤代を出しにせずともいい関係であるというのに、緊張していたのだ、すごく。

久々に会った三上は、とてもかっこよくなっていて。
細いフレームの眼鏡がよく似合う社会人になっていて。
だから直視できなかったのだけど、嬉しいことには変わりない。

仲間からの、持ち運びのことなどまるで考えられていない大きな誕生日プレゼントたちを前に、三上は笠井を指名し手伝いを頼んだ。
手近にいたからだとわかっているけど、長くいられることに喜んで引き受けた。
集まった焼肉屋を出て外の冷たい空気にさらされた頬の火照りはなおも引く気配がない。
上機嫌って言うけどなあ、と三上が歩きながら答える。

「そういう笠井クンも随分ご機嫌だったじゃねえか。何、お前あんな酒飲めたわけ」

確かに、最後に会ったとき三上の前ではあまり飲んでいなかった覚えがと笠井は記憶を辿らせた。
あのときは酔った勢いで何か口を滑らせてしまうかもしれないと心配し酔うほど飲めなかったのだが、今日はむしろ先輩が隣にいることに緊張してペース配分を間違えたかもしれない。

「そりゃ、先輩と、」

酒に酔い熱に浮かれて滑った口が、遅すぎるところでブレーキをかけた。
先を行く三上はぴたりと足を止め、それから妙に真剣味の帯びた顔で笠井を振り返る。

「…先輩と、何」
「ああ、えっと」
「その先輩って、俺?」

先輩と久々に会えたのが嬉しくて、ついつい酒を煽るペースが早まったのだと。
言ってしまっていいのだろうか。
それは、先輩と、後輩の域を出ていないだろうかと、それだけを悩んだ。酒の入った頭はうまく動かなくて、何もかも吐露してしまいそうで恐ろしい。やはり飲みすぎた。酔っている。

「…俺、明日も仕事だし。いくら俺の誕生会っつっても普通来ねえだろ」

そうだ。それは飲んで頭の回らない笠井ですら思ったことだった。飲む前から平日の今日に三上が来ることだって珍しいと思っていたのだが、会える喜びの方が勝っていて特に尋ねようとはしなかった。

「それがお前、珍しくタクも来るんスよなんて藤代に言われたら、来るしかねえじゃん」

――それはどういう意味だ。
笠井は回らない頭を懸命に回転させて考える。
だって、誠二は三上先輩が来ることになったって。だから自分は参加を決めたのに。その三上先輩は、誠二から俺が来ると聞かされてて、それで、三上先輩が来たって?
自分は酔って都合のいい解釈をしているのではないかと疑いたくなる。だってそんな。そんなわけ。

「なあ、先輩と、何だよ。先輩って、俺のことだって思ってんだけど」

お前も俺と会えて浮かれてくれてんの、とからかう様子もなく三上が問う。
至極真面目な眼差しは酔っているのかもわからないほどで、そういえば三上先輩は昔からザルだったなと思い出した。

泳いだ視線が空に浮かぶ三日月を捉える。
雲のかからぬその姿に何故だか応援された気になったのだから、自分は思いの外酔っていたらしい。言ってしまってもいい気がした。

「俺も、先輩に会いたかったんですよ」


三日月に後押しされて。
(ずっと胸に秘めてきたこの気持ちまで、吐露してしまう日になるのだろうか)


みかみんおたおめええええええ!!!
ツイッターの診断メーカーより、「三笠の今日のお題は『三日月』『勇気』『肉』です。 」でした
(130122)