コーヒーカップのグラスを傾けながら、柾輝は本の頁をめくる。
翼は甘いものも好きだけど、だからといって苦いものや辛いものが嫌いというわけでもない。コーヒーもブラックだし、紅茶もストレートでおいしく飲める。だがカフェインの過剰摂取はよくないからと、コーヒーの方はよくカフェインレスを飲んでいた。
それがいつの間にやら柾輝の習慣にもなって、彼もコーヒーは何となくカフェインレスを選んでいる。以前翼にお揃い?と首を傾けながら笑われたとき、なんか無意識で、と答えたが、きっと翼がそうするから自分もこれにしただけで確かにお揃いなのだろう。
あのとき翼が少しの空白ののち、そう、とそっぽを向いたのも、今思えば照れていたのだと思った。

「何読んでんの」

風呂から上がった翼が柾輝の本の背表紙を持ち上げて、すぐに興味なさげに下ろす。すでに翼が中学生の頃に読んでいたものだ。柾輝もそういや昔翼が読んでたな、と手に取ったのだけど、翼はそこまでわかっただろうか。

「ねえ、今日ももう終わっちゃうけど、俺なんにもプレゼントあげてないよね」
「もう充分すぎるくらい貰ったけどな」
「なんもやってないだろ」

翼からのキスに始まり、好物で揃えられた朝食に、遊園地での久方ぶりのデート、懐かしいものも見れた。
だから柾輝は充分すぎるほどたくさん貰ったと思ったのだが、翼はそうではないようであげてない、と首を振った。

「あげてないってか、今さらやる物とか思いつかなかった」
「…そうだな」

今さら、という言葉は少しくすぐったくて、柾輝の返事がわずかに遅れる。そんな風に言えるくらい、自分たちはずっと共にいたのだ。そりゃあ翼は普段スペインにいるし、オフシーズンのたびに帰ってくることなどできない。柾輝だって翼のオフシーズンに合わせて毎年スペインに居を移すのは無理だ。
それでも、会えないことがざらであっても、今さら離れられないような距離に二人はいた。

「誕生日プレゼント、考えたけど、」
「ああ」
「お前が欲しいものとか俺しか思い浮かばなかったから」

柾輝は最早眺めるだけだった本に添えていた手をピタリと固まらせて翼を見た。
柾輝の反応に気をよくした翼は、意図して出した甘い声で艶やかに笑う。

「欲しいだろ?」

その表情の、なんと色香の香ることか!
翼は自らの周りに与える影響力を知っている。それはもちろん、自分が柾輝の目にどう映っているのかも熟知しているのだ。
他のやつの前でそんな顔すんなよ、と思うものの、しないだろうという確信もあった。

「くれんの?」
「あげてもいいけど」

ただし一年分だけな。
来年のプレゼントがなくなるから、と笑う翼は、お預けを言い付ける飼い主のようで柾輝は苦笑する。

「最高のプレゼントだな」
「俺もこれ以上にいいものなんて思い浮かばないね」

長い“待て”が解かれた今、止まれる気がまったくしない。
そんな柾輝を煽るように翼が噛み付くようなキスを仕掛けるものだから、柾輝は彼を掻き抱いた。
誕生日は終わっても、今夜はまだ、眠れそうにない。

23:58
(うまれたのだ/幾年か前におまえが/今日の終わりまでのどこかで、確かに)

(121123)