買い物に出かけたのはやはり失敗だったなと、水の滴り落ちる髪をかき上げ柾輝は一人ごちた。
朝から雲行きは怪しかったが、翼がどうしても今日がいいと言うので結局折れて外出したのだ。一度こうだと言い始めた翼に柾輝が勝てたことなど一度もない。
傘を手に取る暇もなく連れ出されたので、帰り際の大雨にがっつりと降られてしまった。
「今日じゃなくてもよかったんじゃねえの」
ようやく帰宅し玄関で濡れた服を簡単に絞りながら言えば、珍しく翼が言い淀む。
普段の彼には滅多にないその光景に、そんなに大切な用事だったのかと首を傾げた。
「タオル持ってくるからちょっと待ってろ」
何にせよ買い物は無事に終了したのだからよしとしよう。
室内に足を踏み入れるのも躊躇するくらい全身ぐっしょりだったが、このまま立っているわけにもいかず、仕方なく床を濡らし洗面所へタオルを取りに行く。
一歩踏み出して、裾をくい、と引っ張られた。
振り向けば、何やら必死な表情―――何かを決意したような―――の翼が柾輝を掴んでいる。
「翼?」
「このまま俺を放っておくわけ?風邪引いたらどうしてくれるのさ」
「…だから今からタオル取りに行くんですケド」
「もうこれタオルじゃ間に合わないだろ」
「……で?」
何がお望みかと先を促せば、翼が企んだような笑顔を柾輝に向けた。
「お風呂わかしてよ」
それをご希望ですかとやれやれと肩をすくめ、それでも返事は「了」しかない。
わかしてる間にもどんどん身体は冷えてしまうので、シャワーだけでも先に浴びとけと翼を風呂場へ通す。
翼は何度もうちの浴室を使っているし、勝手もわかるだろうと退室しようとしたら。
「待てよ。どこ行くの?」
「は?」
「お前も入るんだよ」
断定のわりに視線を合わせない翼に、ようやく彼の本当の「お望み」を知る。
大雨の中の外出。
傘は用意させてくれなくて。
そうして、タオルじゃいけないわけ。
「……あー」
「っ、別に、このままじゃ柾輝が風邪引くだろ」
「へいへい」
「ちょっと何さその返事。ていうか早く脱げよ冷えるだろ。お前が風邪引いて俺に移されたりしたら大変だからね。俺のためなんだからなそこんとこちゃんとわかってる?」
「……」
「なんか言えよ」
ようやく一息吐いた翼に彼の名を呼ぶ。
「翼」
「なに?」
まどろっこしいのは、もういいから。
見透かしたような笑みを浮かべ唇を塞ぐと、翼はサッと顔を赤らめて、それでも言い返しはせずに―――それが肯定の代わりなのだ―――柾輝の胸に飛び込んだ。
遠回しさびしんぼ
(くっつきたかったって素直に言えばいいのに)
(…うるさい)
(111123)