少し肌寒くなってきた頃だった。
町にはもう冬の色も出始めている。今日はとうとうクリスマスツリーも見て、翼は思わずもうそんな時期かと唸った。
翼にとってまだまだクリスマスは意識するほど近いものではない。
彼には、1ヶ月も先のクリスマスなんかよりもっとビッグイベントが控えていた。

11月22日の夜が更けていく。
ベッドが寒いから先に温めているのだと、以前柾輝が言っていた言葉を思い出す。柾輝が、冷えるだろ、と翼が寝る少し前に湯たんぽよろしくベッドをぬくめるのは、一体いつ頃からの習慣だったか。とても長い時間一緒にいたから、翼にはもう思い出せない。ひとつひとつ些細な暗黙の了解が出来上がったのは、おそらく緩やかな時の流れの中でだ。
初めて出会ったときと比べて、翼の身長は少し伸びた。同じように柾輝の背丈も大きくなった。昔はシングルベッドに寄り添えたけれど、今ではもう収まり切らないだろうと翼は考える。
――昔は昔で好きで幸せだったけど。
だけど翼は、セミダブルに身を寄せる今の方がずっと幸せだと思っていた。その幸せは、ベッドのサイズが大きくなったからではなくて、自分の身長が伸びたからでもなくて。今までなんだかんだでこうして離れることなく触れ合ってこられたことの喜びからきていた。

先に寝室へ消える柾輝を、たまに寂しく思うときもある。
だけどそういうとき、たとえば翼が柾輝の洋服のすそをほんの少し引っ張ったり、手を伸ばしたり、なんなら会話を少し長引かせようとしただけで柾輝は再びソファーに腰を下ろしてくれた。
言わなくても伝わるということは、嬉しいと同時に恥ずかしい。
でも翼にはこれもまた幸せであった。積み重ねてきた時間というものはこんな不意の瞬間に現れて、翼の胸をきゅんと甘く締め付ける。
結局そのあとはすぐに耐えられなくなって、ほら柾輝何ぼさっとしてんのさ、さっさと寝るよなどとまくし立てながら柾輝と寝室に転がり込むのだけど。

いつものように先に寝室へ足を運んだ柾輝の背中を、翼は視線だけで追いかけた。
今日は引き止めなかった。いや毎度毎度引き止めるわけでもないのだが、今日はむしろ先に行ってくれたらと思っていた。
だって今日は11月22日だ。時計の針はもうすぐ完全に上を向く。
カチ、カチ、と秒針のリズムを耳に焼き付け翼はそっと腰を上げた。響く秒針と心臓の鼓動が重なっていく。
頭の中でカウントしながら、いつもより早く柾輝を追いかけた。

柾輝はすでにベッドに潜り込んで、もぞもぞと居住まいを正している途中のようだった。衣擦れの音に紛れて翼の足音は聞こえないのか、振り向く気配はない。
ちょうどよかった。
距離を詰めて、さすがに柾輝も翼の存在に気付く頃。つばさ?と名を呼びこちらを見ようとした柾輝の目を両の手のひらで覆う。唇を制止するものがなくなったからふさわしいもので塞いだ。驚きに声をなくした柾輝から、ちゅ、とキスの名残りを見せてゆっくり離れると、頭の中の秒針はいよいよ5秒を切っていた。
ご、よん、さん。

「つば、」
「だめ、しゃべんな」

ぴしゃりと言われて柾輝は大人しく口を閉ざす。
に、いち。

「――柾輝、誕生日おめでとう」

耳元で告げてからそっと身体を押し倒した。後ろに転んだ柾輝の上に乗ってその胸に顔をうずめる。
ようやく両目を塞いでいた手が退いて、柾輝は胸の中の翼を見て。

「……んな恥ずかしがるならむりすんなよ」
「うっさい。寝ろ」
「顔赤い」
「見えてないだろ」
「熱い」
「……」
「心臓早え」
「……」

もう黙れというようにぐりぐりと頭を押し付けられたので、柾輝はくつくつと笑ってからかうのをやめた。これ以上お姫様のご機嫌を損ねたら大変だし、せっかく翼が思い立ってこんなことまでしてくれたのだから――翼からキスまで仕掛けてくるなんて、誕生日とは何といい日なのか!――柾輝だって彼を不機嫌にはしたくない。
おまけに、今日はこのまま抱きしめて眠ってもいいらしい。

「さんきゅ」
「…ん」

礼と一緒に頭のてっぺんへキスを落とす。
ようやく翼は柾輝の胸から顔を上げて、まだまだ赤い顔のまま嬉しそうに笑った。

0:00
(おまえの耳元にくちびるを寄せる/囁く息が漏れる前に/開こうとする目は先にふさいで)


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