比較的、朝は翼の方が早い。
柾輝は割と朝に弱い方で、よく眠たげに目を擦りながらリビングへ現れる。柾輝と比べると翼は目覚めのいい方なので、朝食を作る頻度は翼の方が多かった。
柾輝がああ見えて意外と料理上手なことは翼も中学生の頃から知っている。なので自分が作るより彼の料理の方がよっぽどおいしいことも承知しているのだが、食事を用意するたびに柾輝が慣れることなく面映げにするものだから、翼はついついキッチンに足を向けてしまうのだった。
柾輝の家が共働きで、彼自身が中学生の頃にはすでに家の食事を任されていたことも翼は知っている。食卓に並ぶ料理見るたび彼がいつまでも照れたような表情を浮かべるのはそのせいだということも。
だから尚更、なるべく作ってあげたいと思った。
だけど同時に、翼はやっぱり柾輝の作る料理も好きだから、彼にキッチンへ立つことをお願いしてしまうのだけど。

抱きしめられて眠るのは嫌いじゃない。
けれど柾輝は、その翌日自分がどれだけ苦労して起きているのかを知らないのだろうと翼は思っていた。
居心地のいい場所というのは大変離れにくい。ベッドの中というだけでも離れがたいというのに、それに加えて腕の中なんて、どれだけ拘束力の強いことか!
おまけに柾輝は翼の気配にひどく敏感で――これが自分だけであることが翼にはくすぐったくて嬉しくてたまらないのだけど――彼を起こさぬよう胸の中から脱出するのは中々骨の折れる作業であった。

そうやってようやく抜け出した寝室のドアを後ろ手に閉めながら、翼は今日もキッチンへ足を向ける。
朝ご飯は和食が多い。翼がスペイン暮らしが長くて和食を恋しく感じていたこともあるが、何より柾輝の好みであった。だけど細かいところは少しずつ好みが分かれてて、たとえば翼はじゃがいもの味噌汁が好きだけど柾輝は豆腐が好きだったり、たまご焼きは塩派と砂糖派で分かれてたり、そもそもたまごの調理法が、翼は半熟の目玉焼きが好きで柾輝は出し巻き卵派と中々食卓が丸く納まらない。だからいつもは間を取っていた。
いつもならそうなのだけど。
今日は誕生日なのだから、特別に。



「…はよ」
「おはよう。もう朝ご飯できてるから」
「ん」

寝室からあくび混じりに姿を見せた柾輝に挨拶しながら、翼は急須にお湯を注いだ。寒くなって来たら、朝の翼の気分で朝食に緑茶がつく。
柾輝が食卓に並ぶ料理を見て目を瞬かせると、翼を後ろからぎゅっと抱きしめた。殺す気もないらしい笑みが零れている。

「ちょ、柾輝危ないだろ!」
「朝メシ、全部俺の好きなのだな」
「…今日はそんな気分だったんだよ」
「すげえ嬉しい」
「ちょっと、勘違いしないでよね。あくまで俺の気分だっただけなんだからな」
「わかってる。サンキュー」
「…いいけど、べつに」

…でも、俺の気分で作っただけだけど、全部残さず食えよ。
じっとりと見上げるその顔に、当たり前とキスを降らした。

8:33
(めざといおまえは気づくだろうか/いつもより豪華な朝食/いつもよりおまえ好みのたまご)

(121123)