後半戦終了のホイッスルを聞いて、翼は大きく息を吐いた。
本日四月十八日のナイトゲーム。勝利で終わった試合にチームメイトはハグやハイタッチをして喜んでいて、翼だってもちろんその気持ちはあった。が、少しだけ胸に引っかかりを感じていた。
試合を勝ちで飾れたことは、翼も当然嬉しいと思っている。
だけど、これからインタビューやクールダウン、ミーティングを行えば確実に日付をまたぐだろう。せめてデイゲームに――つまり十九日になる瞬間は自分の時間を過ごせるように――してほしかったと無茶で身勝手な気持ちもやはりあって、翼を複雑な心境にしていた。

元々翼はあまり帰朝しない。
ホームをスペインに構えているし、シーズン中でなくても練習はある。下手に体内時計を狂わせたくないという考えもあって、日本へ帰ることは長い休みのときくらいだった。
もちろん誕生日に日本にいることなど無いに等しく、大抵は話題に上らないか、お盆に帰国したときにそういえばと祝いの言葉を貰う程度だ。翼はそれで構わないと思っていたし、八月なんて時期に自分の誕生日を思い出して言葉をかけてくれるだけでありがたいと考えている。
だけど柾輝は毎年電話を寄越して翼に言葉を送った。
スペインとの時差を計算して、特にこの時期こちらはサマータイムだ。日本時間の午前七時なんて忙しい盛りだというのに、それでも柾輝は毎年直接言葉を伝えてくれる。
おめでとう、と翼の鼓膜を震わせる低い声を毎年どれだけ楽しみにしているか、柾輝はきっと知らないだろう。
だから今年、翼はひどくがっかりしていた。
十九日になった瞬間毎年貰っていたプレゼントを、今年は貰えないとわかっていたからだ。八つ当たりにも似た思いで、翼は興奮気味に試合について尋ねるインタビュアーに意地悪な返事をした。

想像通り、翼が一息吐けたのはすっかり日付をまたいだ時刻だった。ユニホームから私服へと着替え一人また一人と帰宅していくチームメイトに挨拶をする。
控え室のベンチに腰掛け時間を見ようと何気なく携帯を手にしたとき、手の中でチカリとランプが点滅して思わずひょいと眉を上げた。
一体誰がこんな時間に。
柾輝が電話をかけてきたのだろうか。今日は試合できっと遅くなるとは言っていたけれど、もしかしたらと受話器を取ったのかもしれない。
申し訳ないと感じながら不在着信を確認した翼は、今度こそ驚きに目を丸くした。
着信は電話ではなくメールだった。何よりびっくりしたのは、それが柾輝からだったことである。
柾輝が携帯を苦手としていることは翼も知っていた。中学時代だって多機能の携帯を好まずPHSを使用していたくらいで、さすがに成人してからは携帯を持っていたもののそれだって電話機能しか使用していなかった。
柾輝が携帯を購入したとき、連絡先を交換しようと言った翼に柾輝はそのまま携帯を差し出した。やり方を知らないという柾輝に早く覚えなよと言いながら、翼は柾輝がいつまでも赤外線の使い方を知らなければいいと思っていた。柾輝の携帯から自分の携帯へ赤外線で連絡先を送信しながら、こんなことを他の誰も、特に女の子にはさせないでほしいと考えていた。
結局その後柾輝が誰かと連絡先を交換したかはわからないけれど、彼は相変わらずメールはできないし電話だって履歴を辿ってかけるしか術を知らない。
だから、その柾輝がメールを送信してきたことに何より翼は驚嘆したのである。

柾輝からのメールはとても短くて。
件名は空白。本文には“誕生日おめでとう”と“試合勝てよ”のそれだけ。
ただ、受信時刻は零時ぴったりだった。

翼は胸の奥がぐわりと熱くなった。きゅうと音を立てたみたいに軋んで、試合中のように頬が熱を持つ。
クールダウンが足りなかったかもしれない。
だけどこの気持ちは、熱は、どんなに落ちつけようとしても静めることなんて出来やしないに違いなかった。

メールに返信を二、三文字打って、形にならずに消去する。それから柾輝の昼休みは何時だったっけと思いを馳せた。
こらえ切れない笑みがどんどん零れていく。もう一度メールを眺めて保護をかけた。
今はとにかく声が聞きたい。

一文字でもういちど恋をする
(何度だって惚れ直す)


しれっと遅れましたが翼さんおたおめえええ!!
(120421)