深夜十一時を回った頃、今日が誕生日だとは思えない陰湿さで、翼は大きくため息を吐いた。勉強机に向かいシャーペンを構えるものの、正確な字を書くことなく指はペンをもてあそぶ。ベッドのわきには学校の女子たちから貰ったプレゼントの山ができていた。

今日は、柾輝と会っていない。
翼は携帯を開くと、今日送られてきた一通のメールを読み直す。今日それを何度もくり返していた。
差出人は言わずもがな。内容は、誕生日おめでとうと、今日会えなくなってしまったという謝罪。

柾輝の親戚の知り合いに不幸があったらしく、急に出かけなくてはいけなくなったらしい。
学校の帰りにどこかへ行こうか、なんて約束をしていたし、ましてや恋人の誕生日に会えないなんて。それでも平謝りの相手を、どうやったら責められよう。
いいよ、仕方ないだろ。
メールの直後かかってきた電話に笑いながら答えたけれど、内心やはり面白くはない。

「…柾輝のバァカ」

八つ当たりのように携帯をベッドに放り投げると、携帯がチカッと光った。
その直後流れてきた音楽は、まさしく今考えていたその人専用の曲だ。
慌てて通話ボタンを押し耳をそばだてる。バックは静かだ。その中で柾輝の息づかいだけがやけに激しく聞こえた。

「…もしもし?ちょっと、柾輝?」
「っ、翼か?」
「当たり前だろ。他に誰が出るっていうんだよ」

息の整わない彼が、携帯越しにもわかるくらい大きく息を吐いた。そうして小さく、間に合ったと呟く。

「は?何が?」
「窓の外、見て」

その一言で、弾かれたように窓際へ。そうしてこの目で確信すると、次は玄関へ一目散に走り出した。



柾輝は学ランのまま自転車にまたがり携帯を耳に当てた状態で佇んでいた。
息もだいぶ落ち着いたらしい。こちらを見て笑う。

「ばっ…お前、今日法事じゃなかったのかよ?」
「終わって即行来た」
「自転車で?」
「自転車で」
「…馬鹿だろ」

呆れたように言えば、知ってる、といつもの笑みを向けられる。自転車を降りて固定すると再び翼に向き直った。その頬を汗が伝い落ちる。

(すんごい汗)

それだけ飛ばしてきてくれたのだろう。自分に会う、ただそれだけのために。

「、親戚はよかったのかよ」
「なんで?」
「結構遠いって言ってただろ?今回逃すとまただいぶ会えないんじゃないの」
「いいんだよ、あんたが一番だから」

何が、と言うと、優先順位が、と当たり前のように返ってくる。
どうしよう、ちょっと、いや、かなり嬉しい。

「柾輝」
「ん?」
「俺、今日誕生日なんだけど」
「知ってるっつの。おめでとうございマス」
「うん、だから、」

早く抱きしめろよ、なんて両手を広げれば、困ったように視線をうろつかせた。

「…俺今全速力で自転車漕いできたんだけど」
「だから?」
「すげえ汗かいてるぜ?」
「だから?」
「……」
「いいから、早く」

今日一日、会えなかった分を取り戻すように、互いを掻き抱いた。


pm23:36
(ずるい、そういうの、めちゃくちゃかっこいいじゃんか)


大幅な書き直しを2回した
おたおめ翼さん!!
(110419)