コシマエ、ちゅーしよう。
とんでもないことを言い抜かされて「冗談でしょ」と言おうとしたリョーマは、遠山の目が思いの外真剣だったことにたじろいだ。
いつものようにヘラヘラと笑って、自分に構って貰いたくて堪らないと訴える眼差しでこちらを見つめていると思ったのに、遠山はじっとこちらを伺ってリョーマの返事を待っている。

冗談でしょ、なんて言えるわけがなかった。冗談じゃないと問う前にわかってしまった。
だからこそ、リョーマは慎重になった。

リョーマが遠山へ向けるような気持ちが遠山から返ってくることを、リョーマはもう随分前からあきらめている。
だって不毛ではないか。遠山のような、恋愛の“れ”の字も知らなくて頭の中は常にテニスでいっぱいです、みたいな輩に思いを寄せるなんて。
自分に懐いてくるのは、同年代で同じような――いや、リョーマは自分の方が強いと確信しているが――強さを持つ者が珍しかったからだ。それ以外に何の他意もない。
そう思い込んで、期待しそうな自分を必死に戒めてきたというのに。

ちゅーしよう、とは何だ。
リョーマの知る以外の“ちゅー”が、関西にはあるのだろうか。そう考えてすぐに打ち消した。それなら、あんなに真剣な表情を浮かべる理由が見つからない。
だったらどうして遠山はこんなことを言ったのだろう。リョーマとキスをする関係になりたいとでもいうのか。

「…なんで」

返答としては、ひとまずこの辺りが無難と思われる。
いくら自分に都合のいい話だとしても――だって、好きな人にキスをねだられているのだから!――すぐに了承してしまうのはあまりに早計だ。
ドキドキと早鐘を打つ心臓を叱り飛ばしながら遠山を見つめると、だってな、と口を開いた。

「白石が言うとったで。ちゅーすれば仲良うなれるって!」

なんだそれは!
叫び出したい気持ちを堪え、落ち着け自分と暗示をかける。
同じ思いなわけがないとわかっていたのにドギマギとした自分が恥ずかしいし、遠山もそんな言葉を真に受けるなよと八つ当たりしたくなった。入れ知恵をした者にまで怒りが湧く。
いくら好きな人と口づけのできる機会だからといっても、気持ちが伴わなければ意味がない。嫌だと断ろうとして、ふと心配になった。


――それは、誰に対してでも言っているのだろうか?


それはまずい。遠山の恋愛事情など知ったことではないが(そりゃあ、多少寂しかったり悲しくなったりはするけれど)他の人、とりわけ女子に言うのはとてもまずい。
自分だったからまだいいものの、女の子にそんなことを言うなんて洒落にもならない。

「…遠山」
「してくれるん?」
「それ、誰彼言わない方がいいよ」

遠山の問いを無視して忠告すれば、きょとんとした様子で首を傾げた。リョーマの発言の意味を捉えかねているらしい。
ああわかってないんだなと説こうとしたとき遠山が不思議そうに口を開く。

「…?こんなんコシマエにしか言わんに決まっとるやん」

一瞬ですべてを奪われた。
説教をしようとしたことも、先程の八つ当たり紛いな気持ちも、すべて持っていかれた。
ちゅーしよう、なんて、自分にしか言わないと言われて。これでもなお期待するなというのか。そんなの無茶だ。

なあ、ええ?と肩を掴まれ尋ねられると、断れる気がしなかった。
まっすぐ見つめる目に促されるように頷くとぎゅっと目を閉じる。唇に降るであろう口づけを待った。

そうして頬に触れた感触に、ぽかんと瞬く。

「これでもーっと仲良うなれたな!」

ニコニコと笑う遠山に、リョーマはのろのろと自分の頬に手をやる。
そうして、先程よりも強く叫び出したい衝動に駆られた。恥ずかしさもやるせなさも、さっきの非ではない。


――これはただの、挨拶だろ!


キスでもなくて。
(キスなら唇と思うじゃないですか)


唇を押し付けるのがキスの遠山と、唇を合わせるのがキスのリョーマ
リョーマくんが金ちゃんに振り回されてドキドキさせられてるのが好きです
(120714)