教室のドアを開けたら泣いた瞳と目が合った。
菊丸もびっくりしたが相手の少女もびっくりしたようで、思わず涙を止めて見つめてきた。まばたきをひとつして、その拍子に雫がぽろりと零れる。

「あーっと…俺、おちびを探して」

先に我に返ったのは菊丸の方で、聞かれてもいない自分の状況をべらべら喋った。硬直から立て直したのは彼の方が早かったが、混乱からは未だ抜け出せていないらしい。ひとしきりまくし立ててばつの悪そうな顔をする。

「…おちび、どこにいるか知んない?」

弱った様子で眉を下げる菊丸を見て、ようやく少女―――朋香は笑った。



「リョーマさまなら中庭にいると思いますけど」

けど、のあとに今はいかないで欲しいと言われて、菊丸は手近な席に腰を下ろした。
桜乃と一緒にいるんですと続いた言葉に、先ほどの彼女の泣き顔を思い出す。なるほど、合点がいった。

「俺、手塚に呼んでくるよう言われてるんだけどにゃー」
「邪魔するなんて野暮ですよ」

目を細めて笑う朋香に、菊丸もすう、と目を細める。そうして朋香にばれない程度に浅くため息を吐いてから彼女の頭を抱き寄せた。
わあっと驚いた朋香が何するんですかと言おうとして菊丸の人指し指に封じられた。

「無理に笑わなくていいんでない?」

咄嗟に何も言えなかった。

「…無理なんてしてません」
「俺には、泣きたい顔に見えるよ」

でも、泣き顔はもう見ないからさ。頭をポンポン叩いてあやすと、朋香は小さく肩を震わせる。
先ほど引っ込んだはずの涙がぶわあっと込み上げてきて、それからはもう、駄目だった。



どれくらい、彼女の話を聞いていただろうか。

「リョーマさまと桜乃、抱き合ってた」
「うん」
「でも、普通じゃないですか。付き合ってるんだから」
「うん」
「これが普通の光景なんだって思ったら、私の気持ちが、」
「うん」
「私の気持ちが、本当に、抱いちゃいけないものな気がしてきて…!」
「…そっか」

それで、その場を走って逃げたのだと朋香がしゃくり上げる。
リョーマも桜乃も好きなのに、どうしようもなく胸が締め付けられるのだと、それが嫌なのだと彼女は泣いた。

「おーよしよし。頑張ったね」
「…先輩、なんだかお兄ちゃんみたい。私下しかいないから、ちょっと憧れてて」

朋香はそっと菊丸の胸から顔を離すと、下を向いたままぐいと目尻を拭った。
それから、真っ赤に腫らしたままの目で菊丸を見上げて笑う。

「ありがとうございます。泣けて、よかった」
「どういたしまして」

朋香の頭を撫でようと手を伸ばした菊丸に、彼女が言った。

「先輩を好きになったらよかったなあ」

まるで冗談のように。
絶対にそうならないから叩ける軽口のように。
そんな口調だったから、菊丸は苦しくなる。

「俺も、」

君以外を好きになったらよかったなあ。
言えないから、飲み込んだ。


君を好きに
(なれたらよかった。ならなければよかった)


(120105)