「本気でね、好きだったんだよ、順平のこと」

そう言って綺麗に微笑むものだから、順平はどうしていいかわからなかった。
その戸惑いを敏感に感じ取った千冬は、大丈夫、吹っ切れてるからと、先程とは打って変わって明るい笑みを見せる。

気を使わせた。彼女は昔からそうだ。他人の心に鋭くて、人に心情を読ませないようにするのが得意だった。
だから、その笑顔が本物か偽物かなんて、順平にはわからない。

「女って女優だよなあ…」
「なあに、急に。奥さんに騙された?」
「まっさか!いつもラブラブですが」
「うわのろけた。独り身はつらいなあ」

千冬が頼んだカプチーノがテーブルに届けられる。
傍から見れば、自分たちは恋人同士にでも見えるのだろうか、とぼんやりと思った。

いつもと同じだったから、少しだけ調子に乗った。
ずっと気になっていたことだった。

「あの、さ」
「ん?」
「俺のどこをそんなに好きになってくれたの、とか、聞いてもいい?」

千冬は完璧な人間である。それは今も昔も変わらない。
だから余計に不思議だった。どうして自分なのだろう。
気持ちに応えられない人間がこんなことを尋ねてもいいのか。おそるおそるの問いに、千冬はなんでもないような顔で教えてくれた。

「たぶん、いい気持ちにならないだろうけど」
「ああ」
「私、完璧超人でしょ?」

自分で言うな!と言いたいが紛れもない事実なので聞き流す。

「人に頼られて、束ねる役割を務めることが多かったの」
「あー、高校んときもそうだったな」
「うん。あと、よく人に気に入られてね?なんだか、私の人生ちょろいなあって思ってた」

旧友の知られざる一面に驚いていると、そんなときにね、と千冬がはにかんだ。

「そんなときにね、順平が言ってくれたんだよ」
「俺が…?」
「俺に頼っていいって。びっくりした。私より頼りがいのなさそうな人がそんなこと言うんだもん」
「…悪かったな、頼りがいなさそうで」
「ううん、すごく嬉しかった。今まで“頼む”ってしか言われたことなかったから」

そこでようやく、千冬がカップに口をつけてひとくち飲み込む。

「初めて言われた“頼っていい”って言葉が、ずっと頭の中をリフレインしてた」
「千冬…」

知らないでしょう。私がどんなにあなたを好きか。
知らないでしょう。私がどんなにあなたに救われたのか。

「千冬…俺…」

ああ、聞いてはいけない話だったのだと順平はすぐに後悔する。
彼女の気持ちを受け取れない自分が、簡単に踏み入れていい境域ではなかった。
彼女を、どんな目で見たらいいかわからない。

「心配しないで?好きだった人の幸せを願えるくらいにはいい女のつもりだから」

だから、幸せになって欲しいの。
笑う彼女のその笑顔が本物か偽物か、順平は最後までわからなかった。


空想リフレイン
(あの頃私たちの思いが交わったとして、あの子がいなかったとして、彼が私を好きになったとして)


(110720)