「ひよし、誕生日おめでとう!」

ぱあっと華やいだ笑みを浮かべた慈郎に、はあ、と生返事ひとつ返して、日吉の目は彼の頭に釘づけだった。
ふわふわの金髪を一房取って、くるくると巻きつけられたピンクのリボンは何やら見覚えのある代物だ。
それ自体に、ではなく、そのような使い方に、である。

「…それ、どうしたんですか」
「ん?」
「頭のです」

右側にぴょこんと跳ねた毛束の根本、ちょうちょ結びのそれは、クリスマスに枕元にある箱に結ばれているものによく似ていた。
もしくは、誕生日に手渡される袋の縛り紐とかだろうか、と日吉は思う。例としては後者の方がより答えに近いものだろう。あいにく日吉家ではどちらも見ることはなかったが、イメージとしては十分知っていた。
元よりあっちこっちに乱れた毛先、リボンでまとめられた部分に手を伸ばせば予想通りの返答が来る。

「俺がプレゼント!」
「いりません」

ああやっぱり、言うと思った!
初めの時点で嫌な予感はしていたのだ。満面の笑みで駆け寄ってきて、金の髪の間に埋もれる桃色を見たときから、慈郎が何を言い出すかなんて日吉にはもうわかり切っていた。
間髪入れずに受け取り拒否をしたのに、言うと思った!と先ほど日吉が思ったものと同じことを変わらぬ笑顔で告げられて瞬く。
てっきりごねられると思ったのに、随分と聞き分けのいい。

「言われると思って言いに来たんですか」
「日吉に会いに来たんだCー」

最近全然会えなくてさびしかったから、と素直になられると日吉としても突っぱねることができない。
慈郎が部活を引退して、確かに顔を合わせる機会は減った。
それでも他の先輩に比べると断然遭遇率が高いのは、ひとえに慈郎の努力の賜物だ。しかしさすがにテスト期間はどうすることもできなかったようで、期末テストで潰れた先週は顔を見せに来ることもなかった。
高等部に行けなくて日吉の先輩じゃなくなったら大変だもんね、と笑う慈郎に、もっと大変なことがあると言ってやりたかったけど。
えへへ、と笑う慈郎にとうとう何も言えなくて、日吉は、そうですねと、そっぽを向くことしかできなかったのだった。

そう、慈郎といて、何と告げたらいいかわからなくなることが時折ある。慈郎の笑顔を見ていたら、余計なことを言うのがひどく無粋な気がして日吉はつい口をつぐんでしまう。
だから今回も、会いに来たと笑う慈郎に日吉は何も返すことができずに、もてあそぶようにリボンをいじった。
紐の長さがバラバラだ。自分で結ったのだろうか。

「長さ、違いますよ」
「うん、滝が、こうしてたら日吉絶対直してくるよって言ってそんなんにしてた!」
「……」

このリボンにはどうやら滝が一枚噛んでいるらしい。
見事に滝の思惑通りになったので、日吉は引っ張ったリボンをそのままに苦虫を噛み潰したような顔をした。手の内で長さの揃ったリボンが何だかすごく悔しい。

「でね、日吉が貰ってくれないのは俺も滝も予想済みだったから、ちゃんと代案を考えてきたCー!」
「代案?」

それもおそらく滝の入れ知恵だろう、代案とやらもいい予感はあまりしない。
先ほどと違って想像はつかないが、まともなものではないという確信だけはあった。

「はい、日吉のリボン!」
「いりません」

ほらやっぱりまともじゃなかった!
すぐさま拒否の旨を示したが、今度の慈郎は引かなかった。

「日吉もリボン巻いてプレゼントになろうよー」
「何でですか俺の誕生日なのに!」
「日吉受け取ってくれないから、プレゼント交換にしよ?」
「しません!」

可愛らしく小首を傾げても駄目なものは駄目だ。
断固拒否の姿勢を見せるも、断固拒否を拒否する慈郎にそんなものは通用するわけもなく、どんどん押し切られていく。

「だいたい俺にリボンとかナシすぎるでしょう!」
「大丈夫、俺ほど似合うとは思ってないから!」
「あんたが似合いすぎなんだよ!」

じりじりと距離を詰められるほど不利になることを、日吉はまだ理解していない。
こういうところがいつまでも詰めの甘い年下らしいと慈郎はひっそり思っていた。嫌がる素振りを見せるくせに突っぱねることが下手だから、こんな悪い先輩に捕まるんだ。

「大丈夫だよ」

何がですかと食ってかかる日吉を黙らせる最強スキルを慈郎は所持している。
いつも使うわけでもないが、最近は少し使いすぎかなあとちょっとだけ反省して。
だけど威力が衰えないのは、それを受ける日吉がどんどん自分に甘くなっているからだ。

「大丈夫だよ、今日は誕生日なんだから」

そう言って、飛び切りの笑顔で笑えば。
何が大丈夫なのか、日吉はまったくわからない。もちろん慈郎だってわかっていない。
しかしピタリと日吉の文句が止まり、その手が明らかな迷いを見せる。
自分の笑顔に弱いなんて、日吉は気づいているのだろうか。

観念した様子で、日吉は慈郎の手の内のリボンをそっと引き抜いた。

「…仕方ないですね」

ただし結ぶのは慈郎さんに任せますからねと付け加えられた言葉は、何も譲歩になっていないのだけど。
渋々という風なのに顔色が全てを台無しにしていて、堪え切れずに慈郎は笑った。リボンよりも鮮やかだ。

慈郎と。
(うすべにの紐飾りは、おまえには少しかわいすぎる/おれにはちょっと似合いすぎる/だけど今日なら許される)

(121205)