クリスマスのイルミネーションがニュースに取り上げられるような季節になった。
 寒空の下で部活を終えて、帰路に着く頃には日もすっかり傾いていた。運動中はぽかぽかと温まっていた身体も、ジャージから制服に着替え終えた頃にはとうに平時の体温に戻っている。暖房の効いた部室から一歩を踏み出すのに苦労した。今冬一番の寒さに慈郎はとうとう今年初のマフラーを下ろしていた。朝方の刺すような寒さに、母親からぐるぐる巻きにされたのだと言う。そのマフラーは、今は慈郎自らの意思で同じような巻き方をされている。昼間は厚着しすぎたとこぼしていたが、やはり彼の母が正しかったようだ。
 日吉はと言うと、未だコートも羽織らずに登校していた。起きた直後は確かに震えるほど寒いのだが、朝稽古で体温を上げたまま部活の朝練に向かうのでそこまで冷えを感じないのだ。その代わり帰りはとても寒い。風邪を引く前にコートを出さなければと考えながら、日吉は慈郎の「Aーひよし寒くないの?! マフラー一緒に巻く?」という誘いを丁重に断った。

「いえ、結構です」
「なんで?」

 なんで?! まさかそう切り替えさせるとは思わずたじたじになる。

「先輩が風邪を引くといけないので…」

 受験生ですし、というのは便利な言葉だ。3年生である慈郎にしか使えない言葉で、日吉と絶対的に区別されるワードである。どんな気遣いにも、叱りにも、言い訳にだって使えた。
 慈郎はぐう、と返す言葉をなくしたように黙り、それでも納得いかないとばかりに頬を膨らませ日吉をじっと見つめる。理論合戦なら日吉の方が口は立つので、こんな時慈郎はよくこのような顔をした。3秒ほどだろうか、むう、と唇を尖らせていた慈郎の表情がぱっと咲く。

「じゃあ肉まん食べて帰ろ! あったまれるCー!」

 ***

 コンビニの中は天国である。慈郎はわけもなく飲み物のコーナーやお菓子の棚を物色するので、日吉の身体もぽかぽかと温もりつつあった。手先に感覚が戻ってきた頃合いを見計らってレジへ向かうと、そこで慈郎が、あ、と小さく声を上げる。

「ピザまん」
「好きなんですか?」
「んー見たら食べたくなった」

 日吉の口はと言うと、「肉まんを食べて帰ろう」と言われた時からすっかり肉まんの気分だった。別に一緒に食べるからといって同じ物を頼む必要はない。「俺ピザまんにする」「じゃあ俺は肉まんで」。会計を通すと丁度どちらも最後の1個だったようで、すぐに「蒸し中」の札がかけられる。袋の中で温かなそれを両手でくるみ暖を取るようにしていたら、慈郎に公園寄ろう、と提案された。慈郎と共に過ごすようになって買い食いは慣れたものの、立ち食いは未だに抵抗がある。ありがたい申し出に頷き最寄りの公園へ行けば、寒さと時間帯から人の気配のない閑静な空間が広がっていた。

「うっわ貸切」

 特に何があるわけでもないのに慈郎が弾んだ声を上げる。ベンチの代わりに選んだのはブランコで、「何歳ですか」と言いながらもキィ、と音を立てて揺れた慈郎のブランコの横に同じように腰を下ろした。思えばブランコなんて何年ぶりだろうと、投げ出すように足を前に出す。

「俺超得意だったんだよね。宍戸や岳人とよく競ってたなー」
「…そうですか」

 慈郎が懐かしむように目を細めたのを見て日吉も目を細めた。慈郎は宍戸や岳人と仲がいい。幼馴染みなのだと聞いているから当然と言えば当然なのだろうが、慈郎の幼少期の回想に同じような姿で登場できるというのは少しうらやましいと思った。
 そんなことを考えていたからだろうか。不意に唇に温かいものが押し当てられたことに咄嗟に反応できなかった。

「ッ?!」
「隙あり!」

 ししし、と笑う慈郎の顔が近くて、数拍遅れて温かいものの正体を理解する。いつの間にピザまんを食べ始めていたのだろう。「ピザまん味のちゅー」と笑う慈郎に今更顔に熱が集まってきて、ひとまず暴言を吐いた。「馬鹿じゃないですか」と言えば「そうだよ、俺日吉ばかだもん」と返されるようになったのはいつの頃からだったか。それを言われるともう何も言い返せなくなるというのに、日吉はまた思わずそう言ってしまうし、慈郎に言わせてしまうのだ。

「ひよし、俺といる時になんか余計なこと考えるの禁止!」
「…余計なことは考えてません」

 日吉が今、意味もないことを羨ましがり、些細な嫉妬をしたことに、慈郎は気づいていたのだろうか。日吉にはわからない。慈郎は気付いていたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。慈郎は時々こういうことをする。それが日吉のこころを溶かす。日吉が素直じゃない言葉を吐くたびに、そしてそれを後悔するたびに、慈郎はこうして、手を握ったり唇を触れ合わせたりした。それに日吉は安心するのだ。慈郎が気付いていようといなかろうと、素直じゃない自分をゆるされたような心地になる。
 そうして日吉は今、まさしくゆるされたような気持ちになっていた。胸がきゅうときしみ、端的に言えば甘えたくなっていた。そんなこと普段なら言えるわけもなかったが、今日は少し状況が違う。
 公園には誰もいない。あまりの寒さは今年一番。あたたかなピザまんは彼の唇を温めたし、肉まんに手つかずの日吉の唇は凍えたままだ。
 言い訳は十分にある。

「先輩」
「んー?」

「…ピザまん味でいいので――」

そこで唇を奪わないでおくれ。


ハッピーバースデー日吉!!
(151205)