「……ジローさん」

日吉の低い声に慈郎はギクリと肩を揺らした。どうやら自覚はあるらしい。
机には開きっ放しのノートと教科書、散らばった筆記用具。
ただし、ペン先には下手くそなパラパラ漫画のワンシーンが。

家では気が散って勉強できないというからうちへ呼んだのに、これではまるで意味がない。

「あんた受験生としての自覚が足りないんじゃないですか」
「だって、エスカレーター式で勝手に進学できるCー…」
「それでもです」

強い口調で言い切ると、むう…と慈郎がふて腐れる。
が、自分が受験生であるという認識は一応あるらしく、再び問題に向き合った。

「ところでさー」

カリカリとシャーペンを走らせる音を止ませずに慈郎が口を開く。なんですか、と日吉も読書から顔を上げた。

「日吉なんでそんな遠くにいんの?」

日吉は部屋の隅にいた。


「俺のせいで集中できないと言われても困るので」

慈郎がいるのは部屋の真ん中にあるちゃぶ台付近で、二人の間には明らかな距離がある。
せっかく二人きりでいるのにとわずかに下心を覗かせて問えば、それを見透かしたようにああ言われ慈郎はもう押し黙るしかない。

「あんたの言いそうなことくらいわかります」

なし崩しは得意じゃないですかと涼しい表情で告げられ、慈郎も思わず確かにと笑った。

そう、なし崩しは大得意だ。

「ねえひよしー」
「なんですか」
「俺さ、なんかご褒美とかあったらやる気出ると思うんだ」

俯いて読書する日吉に、慈郎はじりじりと彼との距離を狭めた。
本に影が落ちようやく上がった顔に、今だとばかりに口づける。

「ちょ、ジローさん…!」
「何がいいかな、ご褒美」

日吉なら持ってると思うんだ、俺がやる気出すようなご褒美。
にっこりと浮かべられた笑みは先程にじませていた下心を示唆させていて、日吉は頬を赤らめて観念した。


little by little
(なし崩しにご褒美前借り)


鹿野遊芽さまリクエスト「ジロ日」でした!
受験ネタとのことでしたので変化球に日吉の受験を書こうかなとも思ったのですが、ストレートにジロちゃんの受験にしました
日吉書くのすごく楽しかった^^

遊芽さま、リクエストありがとうございました!受験頑張って下さい(`・ω・´)

(111214)