不意に鼻をかすめた香りが普段のものと違ったので、少し気になった。
「日吉、なんか今日いつもと違う?」
「は?」
「なんか、匂いが違う」
気がする、と続けるはずだった言葉は、隣に座る日吉がこちらを向いた瞬間に確信に変わり飲み込む。
筆記用具を置きこちらを見やった日吉から、先程慈郎の感じた件の香りがしたからだ。
「んー、香水つけた?」
「俺がつけるわけないでしょう」
「そうだよねえ、日吉だもん」
自分で否定しておいて何だが、そうすんなりと納得されると複雑というか何というか。
今度つけてきてやろうかなどとひっそりと企む日吉に、そんなことは露知らず慈郎はうーんと考え込む。
くん、と日吉の首元に鼻を寄せて匂いを嗅いだ。
「ちょ、慈郎さん、近…!」
「あ、わかった。畳だ!」
「畳?」
それでようやく合点がいき、日吉が、ああ、と頷いた。
「最近部屋の畳を張替えたので、匂いが移ったんでしょう」
「それでかあ」
「よく気付きましたね」
別に褒めたわけではないが、慈郎が得意げに日吉のことだから! と笑う。
なんて返答したらいいかと迷っている間に、先程詰められた距離が更に縮まり、とうとう慈郎の腕が日吉の背中に回った。
「いい匂い」
「…っ」
ゆるりと破顔する慈郎に、なんともいえない居た堪れなさを感じ視線をそらす。
うろうろと彷徨う目線は、慈郎に定まることはない。
「畳の匂いって好き。眠くなっちゃうCー」
「俺も落ち着いて好きですよ」
途端にガバリと顔を起こした慈郎が、いささかムッとした表情で日吉を見た。
「俺、畳の匂いより日吉の匂いの方が好きだよ」
「……そうですか」
「日吉は? 俺と畳どっちが好き?」
「何畳相手に張り合ってんですかあんたは」
「だって日吉が! そんなさらっと好きって!」
俺滅多に言って貰えないのに! と悲壮感たっぷりに嘆く慈郎に、教えてやれたらいい。
近い距離に緊張して心臓が早鐘を打つのも、相手の言葉に振り回されて転々と表情を変えてしまうのも。
好きと言うのに戸惑うのも、ただの一人しかいないのだと。
胸の中で、じっと見上げる視線に急かされる。
緊張を悟られないようため息をついて、ぽつりと、畳のときとは全然違う温度で伝えたら。
満面の笑みで、押し倒された。
この匂いは、麻薬のような睡眠薬です
(このまま眠ろうか、幸せな気分のままで)
相互記念/カロンちゃんへ
相互ありがとうございました!
(110814)