「これはどういうことですか。」

 かばんを揺らすたびに、中で何かがコロコロ――いや最早これはゴロゴロ――と転がる気配がする。
 一粒や二粒では可愛らしい木の実でも、十を超えればいささかかさばり結構な存在感を放つ。少なくとも、日吉がかばんを開けて真っ先に慈郎を探した程度にはそれは己を主張していた。
 この季節にこれだけ集めるのは苦労しただろうに、一体どうして保管場所に後輩のかばんを選んでしまったのか。日吉には全く理解が出来ない。それとも秋に実っていた物を今まで取っておいたのだろうか。それはそれで理解しがたいが、どんぐりを拾って無邪気に笑う慈郎を想像することはそれほど難しくはなかった。
 しかしこれ、木の実の中に虫でもいないだろうな。
 その昔、兄が瓶いっぱいに詰めたそれからわらわらと虫が這い出てきた光景は幼い日吉にとってあまりに衝撃的な画であった。知らず顔が引きつる。

「どんぐりです。」
「そういうことじゃない。」

 かばんの中を見るや否や、日吉はまっすぐにここ――中庭――を訪れた。そこに目当ての人物はいた。昼寝をしていた慈郎の首根っこを掴むように座らせると、日吉の言葉を受けた慈郎が目をぱちぱちと瞬かせる。こてんと首を傾けて何か間違っていただろうかと思案したのち、思いついたように笑顔を弾けさせた。

「日吉のかばんに入ってたどんぐりです。」

 そういうことじゃない。
 再び口をついて出そうになった言葉を何とか飲み込み大きく深呼吸する。大丈夫だ。慈郎と話をしていて会話にならないことなどそう珍しくもない。こういう時は自分が折れた方が目的までの道のりが早くなることを日吉は学習していた。自分の聞き方も、まあ、悪かったかもしれないと無理矢理納得させる。慈郎のあまりの察しの悪さが原因ではないかと思うが。

「なんでこんなことしたんですか。」

 聞き方を変えると、慈郎は不服そうに頬を膨らませた。

「Aーなんでおれに聞くの?」
「…隠す気ないでしょう。」

 こんなわかりやすいいたずらを仕掛けてくる者なんて、日吉の知る中で慈郎以外にいない。
 仮に慈郎だけじゃなかったとして、もしも複数犯で岳人らと画策しての犯行であるならもっとわかりにくく趣向を凝らしただろうし、考えがたいが日吉に対するいじめのようなものだとしたら、どんぐりでは迫力がなさすぎる。日吉の幼少期のトラウマめいたものを知った上での行いならわからなくもないが、それでもあいつ気に入らねえなどんぐり入れてやろうぜ、とはならないだろう。
 大体、日吉にこうしてちょっかいをかけてくる相手なんてそうそういないのだ。目の前のこの男以外に。

「そんなことないC!…あ。」

 失言したとばかりに両手を口にやった慈郎に決定打を得た日吉は、これみよがしに溜息を吐いて見せる。こちらの怒りを窺うようにくりくりとした二つの眼が向けられて、予定よりもいくらか優しい声音で文句がのどを抜けた。

「……別に怒ろうとしているわけじゃないんですよ。ただ、なぜこんなことをしたのかと聞いているだけです。」

 そう、怒るつもりで慈郎を探していたわけではないのだ。慈郎のまっすぐな眼差しに宛てられて、ほだされて許してしまったわけではなく、元よりそこまで怒り心頭というほどではなかった。ただ意味不明な行動の理由が知りたかっただけだ。
 だというのに、こちらを見上げていた慈郎は先程よりも一層不満げな表情を浮かべた。

「え?怒っていいのに。」
「は?」

 日吉の目が思わず点になる。

「怒ってくれないと意味ないC。ほらほらもっと怒って!」

 あんぐりと口を開けてしまったのも無理はないだろう。
 慈郎が日吉に対して悪意のないいたずらをしてくることは度々あったが、本気で怒らせるようなことは今までなかった。さながら構ってほしい構ってほしいとしっぽを振る犬のようで、今日だって恐らくはその類だろうと日吉も見当がついていた。いつだってそれをやれやれと許容してきたし、今回もある程度怖い顔をした後はいつもみたいに許してあげようと思っていたのだ。
 毎度毎度あまり調子に乗られても困るとポーズだけは怒ったふりを続けてきたが、今日吉の胸に宿った怒りは偽物ではない。

「………ふざけてるんですか…!」

 あんまりな物言いに日吉はむかっ腹を立てて、地を這うような低い声を出した。流石に面と向かって怒りを煽るようなことを言われては、喧嘩を売られているとしか思えない。元々気の長い方ではないのだ。売りたいと言うのならいくらでも買う。
 しかし慈郎は、満面に怒りを表している日吉に怯むことなく、至極真面目な表情で拳を握った。

「ふざけてないC!」

 力強く放たれた言葉には真剣みがにじんでいる。一瞬怒りが削がれ戸惑った顔になった日吉に、慈郎はいたずらっぽい笑み――初め日吉は、どんぐりの件を問い詰めたら真っ先にこれが見られると思っていたのだ――を向けた。

「日吉は、怒った顔がかわいいんだよ。…ね?」
「っジローさん!」

 柔らかく微笑まれて、日吉が慈郎に“かわいい顔”を見せてしまったのは仕方のないことだった。

きみのいちばんかわいい顔を見せておくれ。

ツイッターネタにて、友達と会話文を交換し合いそれに地の文をつけるというチャレンジにstyxのカロンちゃんと一緒に挑戦しました。「カギカッコ」は全てろんちゃんに考えてもらったものです。
すごく楽しかった…!ろんちゃんのジロ日可愛すぎて、字の文を足すと全て蛇足になっちゃうんじゃないかとすら思った。
ろんちゃんありがとう(*^▽^*)

ジロちゃん誕生日おめでとう!
(140505)