こたつに足を入れるとどうして人はこうもものぐさになってしまうのか。
 そう思いながらも毎年こたつを出すのは、やはり自分もこたつの魔性にやられているからとしか思えない。我が家で一等こたつの魔力にやられているのは兄であるが、元よりこたつがなくとも面倒がりな男だ。そろそろおこたを出そうかしらと言う母の声にいいねいいねと大きく賛同しすっかり母をその気にさせてから、じゃ、若よろしくとどこかへ出かけて行ってしまった。止める間もなかった。
 そうしてこたつの準備が整った辺りで帰ってきた兄にはもうすっかり温まっていますよという言葉をかけ、その実まだコンセントすら刺していないこたつに意気揚々と足を突っ込んだ兄のひどく残念な――残念そうな、ではない――顔を見て日吉は溜飲を下げた。電源の入っていないこたつの侘しさといったら。こたつ布団の中はこたつの外よりも冷えているように感じるのはなぜだろう。兄は若ひでえひでえと騒いでいたが、スイッチひとつで温まれるところまでお膳立てしてやったのだから文句を言わないでほしい。
 何だかんだで兄はこたつのスイッチを入れこたつの中をぬくめ、日吉は段ボールからみかんをごろごろとかごに移して持ってきて机の真ん中に置いた。よいせとこたつの前に座る。
 いやあ冬だねえ、と兄がしみじみ言葉を零す。そうだ若商店街の福引の一等賞知ってるか、熱海旅行だってよ熱海。いいねえ温泉。行きたいねえ。
 行けばいいじゃないですかと日吉は返した。当てて来たらどうですか。
 よーしお兄ちゃん頑張っちゃおうかなと笑った兄に、せいぜい頑張って下さいよなどと言っていたのに。
 まさかガランガランというベルと共に、本当に、一等賞おめでとうございます!などという祝いの言葉を聞くとは思わなくて。

「……まじで?」

 当の本人すら喜びを通り越して固まってしまっていた。



 結局、日吉は熱海に行けなかった。年末年始の3泊4日、家族は最後まで日吉を心配していたけど、今年最後のテニス部の練習を休むわけにはいかないと首を振る日吉に対し、戸締りだけはしっかりねと言いながら家族は出かけて行った。だから日吉は、年越しも年明けも今年はひとりで過ごすものだとばかり思っていたのだが、慈郎はどこから聞きつけてきたのか――兄と友人である慈郎の兄辺りではないかと日吉は睨んでいる――年も明ける直前にやってきて、ほらカウントダウン見なきゃ見なきゃと急かし、年を越した今こたつにぐてんと突っ伏していた。
 こたつを出したその日に兄がそうしていたように、慈郎はこたつの魔力にやられふにゃふにゃと身体の力を抜いている。

「結局、なんだったんですか」
「んー、何が?」
「急に来て。……ご家族は」
「うち年越しで全員集まるとか滅多にないCー。兄ちゃんは友だちんとこ、母さんと妹はカウントダウンコンサート行ってて、父さんはもう寝てる〜」

 もう寝てる、という慈郎に、今日は慈郎さんは寝ないんだなと思った。それを悟ったのか、俺いっつも大晦日は夕方まで仮眠取ってるから!とニコニコと、まるで寝ていないのを褒めてほしいとでも言うようにこちらを見てくるから、はあ、と曖昧な返事をして仮眠とは短時間の睡眠のことを指すんですがと補足しておく。
 日吉がこたつの上に用意したみかんに手を伸ばす。へたのすぐ隣に指を差し込みぐいと力を込めると慣れた手つきで皮を割いた。白い筋を取ってしまわねば食べられないのは最早くせだ。

「あ、」

 慈郎がぱかりと口を開けて日吉を見た。日吉は何も言わずそれを見つめる。

「あーん」

 わかっていないと思われたのかわざわざ催促するものだから、日吉は眉間にしわを寄せた。

「嫌ですよ。自分で剥いて下さい」
「えー、ひとつくらいいいじゃん。ちょうだい?」
「……」
「あーん」
「……」

 根負けという言葉の意味を、日吉は慈郎と出会ってからことごとく痛感している。
 だって、何を言っても聞かないのだからしょうがないと、日吉はいつも自分で自分に言い訳を用意する。

 開けたままの慈郎の口にみかんを一粒放り込んだ。すっと指を素早く引いたのに、それよりも先に慈郎が口を閉じて日吉の指を食んだ。

「、あっ……!」

 慌てて引き抜いた指に残る温かさに、かあ、と頬をピンクに染める。
 同時にこの反応はいけなかったと思った。意識していることがバレバレだ。
 だけど仕方ないじゃないかとも考える。本当は、新年早々会いに来てくれたというだけでも嬉しいのに。こんな夜中まで慈郎が起きていて、おまけに、いま家族は家にいない。そんな状況でどうやったら意識しないでいられるというのか。
 何も言えずにいる日吉に慈郎はちょっとだけ笑い、隣り合った辺に座っていたこたつから少し背伸びをして日吉に口づける。
 ちゅ、と音を立てて離れた唇から漏れた息は確かに熱かったのに、慈郎がまばたきをした次のときにはもう普段の色を称えていた。

「……今から、初もうで行こっか!」
「は……?」

 唐突に、にっこりと笑ってそう提案した慈郎に日吉が怪訝そうな表情を向ける。
 何がどうしてそんな話に、と慈郎を見つめる日吉を気にもかけずに慈郎は立ち上がると、ほんのりと弱ったような顔で日吉の横に身をかがめた。誰もいないから誰も聞かないのに、内緒話をするようにそっと耳打ちする。

「今、ちょっとやばいかも。このままふたりでいたら俺絶対したくなっちゃう」
「なっ……!」

 先ほどはピンクにとどまっていた頬の色が一気に朱色に変わる。
 困ったように眉を下げて、行こ? と日吉に外出を促す慈郎は、日吉の身を案じて外に連れ出そうとしてくれている。

 寒いから厚着しなくちゃ。日吉寒がりだもんねと何でもないように努める慈郎の服の裾を、こたつから出ることも立ち上がることもせずに日吉はくいと引っ張った。不思議そうに見下ろす慈郎に、そこでようやく、自分が何の言葉も用意していなかったことに気付く。
 外は寒いから。準備が面倒だから。きっと人でごった返しているから。
 だから、と続けるつもりだったのに。

「……あと2日、誰も帰ってきませんから」

 顔を赤らめて、先に言うべき言葉をすべて省いた日吉の囁きは、確実に慈郎を煽った。

はつはる
(初もうでは、次に目を覚ましたときでいいかな)


あけましておめでとうございます!
(130106)