日吉の腕の辺りにひと際大きな痣を見つけ、慈郎が息を飲んだ。
 またか、と何か言われる前に文句を言おうと開いた日吉の口は、音が零れる前に慈郎に塞がれる。

「…ん、」
「……しょうがないって、わかってんだけどさあ」

 やっぱり気になるのだと肩をすくめ痣を見つめる慈郎に、日吉もつられて視線を落とした。

 スポーツをしていれば、それなりに怪我をする。
 それはテニスでも古武術でも同じことだ。そうして、ネットを挟む競技と素手でぶつかり合う競技では後者の方がグッと怪我する確率が高いのも当然である。
 だから、テニス一筋の慈郎よりも二束のわらじを履く日吉の方が、その回数も多かった。

 日吉ほどの手練れになれば、相手を傷つけることなく試合を行うことができる。
 しかし、相手は常に熟練された者というわけではない。長く道場にいるので、必然的に初心者を見ることも多かった。
 初心者は間合いや力加減を間違え、相手に簡単に手傷を負わす。

「……いい加減、慣れて下さい」

 日吉が怪我をするのは、これが初めてではない。
 なのに慈郎は、日吉の怪我を見るたびにこうして戸惑いを見せ悲しむのだ。
 傷を一つ一つ、労わるように撫で上げる。

「慣れないよ」

 日吉が傷ついているんだもの、慣れるわけがない。
 そっと抱き寄せられて、抗うことなくその腕に納まる。

 怪我をすることは仕方が無いのだと、慈郎だってわかっている。
 古武術をやめろだなんて言えるわけもないし、言うつもりだってない。
 どうにもならないことだ。十二分に知っている。

 だから、慣れて下さいと日吉は頼む。
 自分が怪我をすることに、早く慣れろと。
 自分が傷つくごとに、いちいちあなたも傷つくなと、そう頼む。

「……日吉も、慣れて」
「俺は、このくらいの怪我もう慣れてますよ」
「怪我じゃなくて」

 俺に心配されることに、早く慣れてと慈郎が日吉の服の背中を握り締めた。
 怪我をするたびに俺が心配することに、傷つくことに、慣れてくれと慈郎も言う。

 いつまでも慣れず、絶えず新鮮な痛みを胸に抱え。
 互いに慣れてくれと願えど、それが無理な注文だとは誰よりもよくわかっていた。

永遠に慣れぬ痛み
(見るたびに心臓が凍りつく。その表情で怪我人も傷心すると知っているのに)


(110809)