実際に恋人が職に就くまで、ジムリーダーとはもっと自由な仕事なのだと思っていた。
 自分の知るジムリーダーが、どちらかというと砕けたタイプの人らばかりだったせいかも知れない。カスミはジム外にいることも多く、レッドと出会ったのも外であったと聞く。エリカが副業にお花の先生や大学教授も行っているのはブルーも知っていた。それなら、ジムに割く時間は単純に考えて三分の一になるはずなのだ。けれどもグリーンは、ジム業一本であるにもかかわらず忙しく書類を片付けているし、出張であちこちに飛び回ることも少なくない。いわく“地域的なものもある”とのことで、すぐ近くにリーグがあることと、こちらはブルーの弟分を配慮してかはっきりと言われたことはなかったが、前任のジムリーダーも多少は関係しているようだ。あとは、他のジムリーダーがあまり地域を離れられず断る仕事も多々舞い込んでくるそうで、言わば新米の役目をしているのだと肩をすくめていた。
 そんなグリーンも、さすがに今回の出張は困ってしまったみたいだった。5月の後半から約1週間。何とか6月になる前に帰るとしきりに約束してくれたけど。

「…でもシンオウはちょっと遠いんじゃない?」

 移動時間だけでも随分かかる。雪がどう影響するかわからないからと1日早く現地入りした彼だが、それって帰りも1日遅くなるってことじゃあないのだろうか。

 5月26日。グリーンがシンオウへ飛び去ってから幾日経った日のこと、ポニータに乗った少年がブルーの家の戸を叩いた。

「お届けものです、ブルーさんへ」
「ご苦労さま」

 パタン。笑顔で閉戸の音を聞きふいと視線を下げた。少し大きめの箱に首を傾げる。
 はて、何か荷物が届く予定などあっただろうか。父や母宛てなわけもないし(だって名指しまでされてしまった)宛て先を指でなぞりながら確認すると、思わず笑みが零れた。
 宛て先はシンオウ。差出人は仏頂面のあのジムリーダー様で、ブルーの恋人だ。

『当日に被ってほしい』

 短い直筆のメッセージには“当日”が何の日かなんて書いてはなかったけど。届いた帽子を手にとりくるりとひっくり返してみる。夏のはじめによく似合いそうな、つばの大きな帽子だ。長く垂れる真っ青なリボンをついと撫でる。青色を指先でもてあそんでいるとつい笑みが零れ出た。
 やはり、シンオウでの仕事は忙しかったか。誕生日に間に合いそうにないと、ご機嫌とりを始めたようだ。申し訳なさそうに荷物を送るグリーンの姿が脳裏に浮かぶ。
 しょうがない、ごまかされてあげましょうか。
 帽子を頭に乗せたまま、鼻歌まじりにクローゼットを開けた。何の服に合わせようか。考えるブルーに合わせて青のリボンが楽しげに揺れた。

 夏らしい帽子だったから、少し早いけど夏めいた恰好にしようか。
 ショートパンツにブラウスを合わせて、それを帽子と一緒に並べておいた。誕生日まであと6日。気の早い誕生日プレゼントだ。翌日になっても弾んだままリボンの先をくすぐる。だって、嬉しいじゃない。別に誕生日を忘れられたわけでもない、付き合って初めてのバースデーでもない。なのに、多忙なくせあのひとは、相当弱った顔をしたんだろう。想像に難くないそれのなんと愛しいことか!
 起きぬけに少しゆっくりして、さて朝食を食べようかというときに玄関のベルが来訪を告げた。今日は何にも約束をしてないけれど一体誰だろう。シルバー? レッド? イエローかもしれない。丁度いい。一緒に朝食をとらないか誘ってみよう。パタパタとスリッパを鳴らしながら開けた扉の向こうには意外なものが待っていた。
 荷物が、また届いた。びっくりしてまじまじと宛名を確認する。何度見てもオーキドグリーンと綺麗な字で書かれている。昨日の今日で一体どうしたのだろう。何か送り忘れがあったとか?
 訝しげながら包みを解くと、そこにはキラリと光るものが大切そうに収まっていた。

「ネックレス…?」

 モチーフを摘むと、そこから繋がった鎖がちゃら、と揺れる。小さなカードが同封されていた。

『当日につけてほしい』

 これも、誕生日プレゼントなのだろうか。胸元に垂らして鏡の前に立つ。うん、可愛い。小さな石の散ったデザインは控えめだけど、その分上品さが際立っていてグリーンが好きそうな雰囲気だった。昨日考えたばかりの服装を思い浮かべる。
 ショートパンツはロングスカートにしようかな。
 ブルーはこれから再び始まるファッションショーの予定を考えながら、食パンをトースターに放り込んだ。

 結果的に、あれからファッションショーはもう1回行われた。それは翌日からもグリーンはブルーへプレゼントを贈ってきたということだが、贈り物の数は1つではなかった。
 帽子、ネックレスに続き、ピアス、ワンピース、薄手のカーディガンが届いたときブルーは悟った。これは、自分が持っている洋服やアクセサリーと合わせて着ても何の意味も持たないものなのだ。グリーンのいう当日――ブルーの誕生日は今、頭のてっぺんから足の先まで彼の手によって染められようとしていた。彼がいない代わりに、彼の好みに、彼の選択に、包み込まれていた。
 昨日届いたばかりのバッグを持てば、ブルーは完璧だった。完璧に、グリーンに染め上げられていた。化粧台の前に腰を下ろし、引き出しの中、大事そうに四角のケースを撫でる。
 ――先日貰ったばかりの婚約指輪だ。
 上から下までグリーンに支配されてもブルーは不満などなかった。だって、ブルーもまた、髪の先から爪先に至るまでグリーンを支配することができるのだから。ひとりじめしてもよい権利を、この指輪と共に貰った。

 来客を知らせるチャイムが響いて、ブルーに最後の贈り物が届いたことを知らせる。真っ白なワンピースのすそをはためかせて玄関へ赴く足は実に軽やかだ。ゆっくりと押し開けたドアの向こう側には思った通りに包みを持ったひとがいた。
 いたが、その人物が郵便配達員ではなかったことは予想外だった。

「グリーン…?」
「ただいま」

 おかえりなさい、と返しながらも戸惑いは拭えない。だって、どうして? 今日は確かにシンオウにいる予定だったのに。
 ブルーの驚きに触れることなく、グリーンは目を細めて彼女を見た。似合ってる、とするりと彼の口から零れ出た言葉は普段なら滅多に聞けないような甘さを含んでいて、ブルーは知らず頬を染める。

「一緒に来てほしいところがあるんだ」

 誕生日当日、グリーンが持ってきたのは靴だった。ブルーの足元にひざまずき、彼女の足を持ち上げうやうやしく履かせる。
 立ち上がったグリーンはブルーの左手を引き、その薬指をそっと撫でた。

「ここにずっとはめるものを、俺と一緒に買いに行ってくれないか」

 それは。それって。それってもしかして。婚約指輪はすでに貰った。とすれば残りは。

「…喜んで」

 もう、どうしてここに彼がいるのかなど考えられなかった。感極まって思わずうるんだ声を押し隠し、なんとかそれだけ告げると、ブルーは勢いよくグリーンに抱き着く。
約1週間ぶりに触れた身体にキスを降らして貰えば、もうそれだけで最高の誕生日だった。

爪の先まで。
ブルーさん誕生日おめでとう!
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