新婚旅行はどこに行こっか、とたんまりと旅行会社の広告を腕に抱えてきたあたしに、グリーンは仕事の手を止め顔を上げた。
結婚式をあげたのが六月。雨も多い季節だったし、グリーンの仕事の方もなかなか大変な時期だったので延び延びになっていたのだ。
忙しいなら行かなくても大丈夫だと言ったのだが、グリーンにこんなときじゃないと大きな旅行はできないぞと言われると咄嗟に平気と言うことができなかった。ほら見たことか、やっぱり行きたいんじゃないかという風に笑われたので、あたしは唇を尖らせて言った。あなたとの旅行よ、行きたいに決まってるじゃない。

結婚式を思い出す。ずっとヴァージンロードを共に歩くのはシルバーだと思っていた。パパとママが見つかっても、二人には悪いけれどシルバーに歩いてもらうつもりだった。それに首を横に振ったのは、何を隠そうそのシルバーだったのだ。
姉さんの幸せを姉さんの両親がどれだけ願っていたか、よく考えてほしい、と。
小さな頃に行方不明になった娘を、故郷を捨ててまで探し回ってくれたパパとママ。流れる月日、絶望的な情報量、薄れる人々の事件の記憶。それでもめげずに、諦めずにずっとあたしを探して、闇の中から救い出してくれた。
ヴァージンロードを真っ白なウエディングドレスを着て歩いた。腕を組んだのは、パパだった。



「シンオウなんてまだ行ったことないわね」

仕事の書類のかわりに旅行パンフレットを手にしたグリーンは、あたしの言葉にシンオウ行きのチラシを見る。

「ホウエンは行ったことあるものね」
「全然ゆっくりできなかったけどな」

思い出すのは鎧の男と戦ったときのことで、あのときあたしたちは石になっていたのだからゆっくりなんてできるはずもなくて。
そういう意味では改めてホウエンに行くのもいいかもね、なんて思ってきた。

「行きたいところはないのか?」
「んーん、グリーンと一緒ならどこでも」
「そうだな。俺もだ」
「…ずるいわ」

そう返されるとどうしていいかわからないもので、赤くなった頬を隠すようにパンフレットを凝視する。
ジョウトは割とよく行っているし、カントー内だとあたしたちはふたりとも旅をしていたときにあらかた回ってしまった。
そうなるとやっぱりホウエンかシンオウか、ふたつのパンフレットを並べてみると。

「…ブルー」
「なあに?」
「イッシュ地方に興味はあるか」

イッシュといえば、西洋のかなりスタイリッシュな地方だ。
スタジアム、ポケモンのミュージカルのあるライモンシティ、タマムシ、コガネよりも大きいというヒウンシティなんかのある大都会。
でも結構遠いし、そこに行こうと思ったらかなりの日数になるからパンフレットは貰ってこなかったんだけど。

「直行便がアサギから出る」
「詳しいのね」

何気なく言った言葉だったが、グリーンが逡巡して机の引き出しからいくつかの書類を出した。
それはイッシュについてのパンフレットで。

どうやら、あたしが心配してどっさりパンフレットを貰ってくる必要はなかったらしい。

「…大丈夫なの?」
「時間も金もたっぷりあるさ」

嘘。いつも時間に追われてるくせに。
責めるようにからかえば困った顔で笑われた。

「幸せにすると言ったからな」

そっと抱き寄せられて、逆らうことなく彼の胸に顔を埋める。トクン、トクンと聞こえる鼓動にどうしようもなく安心した。

「ブルー」
「んー?」
「幸せにする」
「もう幸せよ」
「じゃあこれからもっと幸せになれるな」

優しい言葉がくすぐったくて、まずは目先の幸せを貰おうかなと、上を向いて目を閉じた。


それをこれに押し付けて
(幸せ+幸せ=もっとしあわせ!)


捧げ物/祐里さまへ
(110115)