白みそをお玉で溶きながら、ブルーはちらりと時計を見やった。
そろそろ彼を起こしに行かなければ。朝は忙しい。今日は玉子焼きを少し焼きすぎてしまった。料理は昔から苦手だ。弟と共に生活していたときから料理は弟に任せきりだった。弟は器用で自分は不器用だった。一生弟と生きていくと思っていた。あの子もそう思っていたはずだ。だから生涯自分が台所に立つことはないと信じていたし、誰かのために自分が料理するシーンなんて思い浮かべたこともなかった。
それが今はどうだ。毎朝彼より早く起きて、本当は甘い方が好きな玉子焼きを彼好みに塩で味付けをして。
献身的な妻ね、なんてひとり完成した料理に笑いかける。朝食にたまごを使ったから、夕食には使えないわね。一体何を作ろうかしら。献立を考えるのは難しい。悩む。でも、こんな幸せな悩み、他にない。

結婚してすぐに好きな食べ物を問いただした。まずはそれから練習しなければと思ったからだ。
好きな食べ物はと聞けば彼はないと言う。わかっている。そういう人だ。だから、赤みそと白みそはどちらが好きかとか、玉子焼きは甘いのとしょっぱいのどちらが好きかとか、洋食だったらサンドウィッチの具はハムかトマトかどちらが好みだとか、そういう些細なことをたくさん聞いた。
少しでも彼の好みの味に近づけたかった。彼の姉は料理が上手だった。自分も何度かごちそうになっているのでよく知っている。なおさら、粗末なものは彼に食べさせることはできない。
肩肘を張ったのがすぐにばれて、お前の作ったものならどんなものでも食べてやるから心配するなと言われてしまったけれど。
その言葉は素直に嬉しかったが、やっぱり料理はできて損はないだろうから、ときどき弟や義姉に習っている。

彼は和食が好き。洋食のときでも変わりなく食べてくれるけど、ちょっとした仕草ですぐにわかる。和食の朝は少しだけ口の端が上がることに、彼はきっと気付いていない。
あたしだけの秘密、なんて思えばそれも楽しかった。
彼が喜ぶなら毎日和食にしてあげたいが、和食のレパートリーはまだ少なくて週に二日くらいが限界だ。彼が仕事に行っている間にこっそり練習しているのだけど、三日になる日はまだ遠そうだった。

トキワに構えた家は彼の仕事場までぷりりで十分。彼のリザードンならもっと早く着くから、そんなに早く起こす必要はない。
七時に起こせば充分間に合う。だから、朝食の準備を六時五十五分までに終わらせることにしている。あんまり早く作ると、今度は冷えてしまうから。
電気ケトルのお湯が沸いたことを確認して、ブルーは寝室へと向かった。もちろん、彼を起こすためである。

そうっと扉を開ければ、彼は静かに眠りについていた。
気配に鋭い彼がこうしてゆっくり眠ってくれることが嬉しい。自分に気を許してくれている。安心してくれている。そう感じることができて、ブルーは朝こうして彼の寝顔を見るのが好きだった。
しかしいつまでも起こさないわけにもいかない。揺すり起こそうとして、ふと思いつく。昔、なにかのドラマでやっていた起こし方。
ちょっと恥ずかしいかな、なんて思ったが、たった七文字で許されそうな気がした。うん、いいわよね。だって、“新婚だから”。

彼の胸に勢いよくダイブして、無防備な唇に口付ける。びっくりして起きた彼に笑顔でひとこと。

「おはよう、ダーリン!」


幸せってやつですか
(…もっと普通に起こせ)
(えー、いいでしょ?新婚さんみたいで)


捧げ物/九条嵐さまへ
(101208)