一人で静かに泣くことにも慣れ始めていた。誰も悪くはないのに、私は不幸な気分になっていた。
あの人が忙しいことはわかっていたし、私もそれをよしとした。何事にも妥協の出来ない完璧主義者のあの人が仕事に手を抜くことなんてできない。できるわけがない。だから、仕事ばっかりで私に構ってくれないのは仕方のないことだったし、駄々をこねることができないのもまた、仕方のないとしか言いようのないことだった。
仕事と私どっちが大事なのよ、なんて聞けない。そもそもベクトルが違うのだ。私だって、最愛の弟とあの人どちらが大切かと聞かれても答えることが出来ないだろう。
私にあの人以外の大切なものがあるように、あの人にも私以外の大切なものがあるのだ。それが仕事なのだ。邪魔なんてできない。できるわけがない。
わかってる。わかっているのに、会えないことがつらいと感じてしまう。心がささくれていく。
あの人しか私を幸せにすることはできないのに、あの人以外にも私を不幸せにすることはいっぱいあるのだ。比例してくれない。だから求めてしまう。会いたいと願う。
この時期は忙しいのだからと自分に言い聞かせて、連絡をなるべく取らないようにしていた。それすらもいいわけだった。本当は、連絡をしてしまったら最後、泣き言を言って会いたいと言ってしまうと直感していたからだった。
それはいけない。あの人を困らせてしまう。必死に抑えた。感情も嗚咽も溢れるばかりだ。

「…ブルー?」

声が聞こえて振り向けばグリーンがいた。まさか、と目を瞠る。
だって、あと一週間は忙しいはずだ。もうすぐリーグ戦だから、ジムバッジを求めて連日挑戦に来るトレーナーに溢れていた。はずなのに。
昼間はバトル、夜は深夜まで事務作業をして、自分で言っておいて悲しくなるけれど、私に割く時間などないはずなのだ。

「泣いているのか?」

彼が一歩近づいて私の顔を覗き込もうとしたので、私は慌てて頬を伝う雫を拭った。馬鹿ね、私を誰だと思っているの?無敵のブルーちゃんは泣いたりなんかしないわよ。そう言って笑顔を作ってみせる。
心配をかけてはいけない。まだまだ彼は忙しいのだから。今日会いに来てくれたのは嬉しいけど、これ以上苦労をかけられない。

「無理するな」

ぐい、と私の頭の後ろに手をあてグリーンは自分の胸に押し付ける。もう片方の手は背中へ。久しぶりの彼の温もり。彼の匂い。もう強がってなんかいられなかった。グリーンの胸にすがって、今まで必死に堪え続けた嗚咽を漏らす。ひっく。ひとつ零れるともう抑え切れない。ひっく、ひっく。

「どうして泣いている」
「そのくらい、自分で考えなさいよ、ばか」
「……俺か?」

彼が自答して、私はすぐに後悔する。ああ、泣かなければよかった。自分で考えろなんて言わず、大人しくつまらない答えを用意しておけばよかった。懸賞に外れたのよ、とか、そんなどうでもいいことを言って彼を安心させられたらよかったのに。馬鹿か、と言って頭を撫でてくれるだけで、私はあと1週間頑張れたはずなのに。

「…悪かった」

違うの。謝ってほしかったんじゃないの。首を振って、何かを言おうとするのに涙に混じって言葉も流れていってしまう。忙しいのはあなたのせいじゃないわ。私が泣いてしまったのも、あなたのせいじゃないの。あなたは悪くないの。なにも悪くないの。言いたいのに、喉はずっと詰まってしまって、胸だっていろんなものでいっぱいで、言葉一つ出てきやしない。

「今夜は、ずっと一緒にいる」
「だめ、仕事は、」
「そんなもの、くそくらえだ」

そっと背中を撫でる手つきは優しくて、それだけで私は安心してしまう。彼にそこまで言わせてしまったことを申し訳なく思ったが、一緒にいられるとわかって嬉しく思ったのも事実だ。
今夜だけは、甘えさせて。そうね、今日はずっと起きてあなたのそばにいようかしら。あなたは寝ても構わないのよ?その寝顔をじっと見つめて、こっそりとキスをして。
そしたら、明日にはきっと、いつもの私に戻っているから。さっさと仕事を終わらせてきなさいって笑顔で送り出すから。
だから、安心してね。

「グリーン、」
「なんだ?」

―――好きと言って。小さく呟いてねだれば、言葉とともに口付けが降ってきた。


必要不可欠
(私の幸せのためには、あなたが必要不可欠なのだけど)


(100827)