「よっ!」
「?!」

 部室を出たら岳人がいたもんだから、日吉は驚きに固まった。
 どうしてここに。3年生はもうとうに引退して、今は受験勉強に精を出しているはずである。いくら中高一貫とはいえ、有名私立学園である氷帝は学力の足りない者の高等部進学を許さない。氷帝はエスカレーター式であるが、成績があんまりひどいとそもそもそのエスカレーターにすら乗せてもらえないのである。
 とはいえさすがにそこまでひどい成績のやつなんていないだろう、と話半分に聞いていた先生の話が案外身近な問題だったのだと日吉が知ったのは、今の3年生が引退してすぐのことだった。やばいやばいと頭を抱えた数人の先輩たちに――芥川、宍戸、向日の3名だ――エスカレーター式の学園で進学の危機におちいるやつが本当にいるんだと衝撃を受けたのは久しい。
 そういうわけで、最近先輩方が忙しくしていたのを知っていた日吉は、今日のことを特別告げることなく過ごしてきた。
 だからこそ、冒頭あんなに驚いたのである。

「向日さん、なんで、」
「なんでって、今日お前の誕生日だろ?」

 日誌書くのにいつも残ってるのは知ってたから、待ってた。
 当たり前のように笑った岳人の鼻の頭が赤くなっていて、日吉は慌てて岳人の腕を掴み部室へ引っ張り込む。消したばかりの暖房のスイッチを入れて、巻いていた自身のマフラーを岳人にしっかりと巻き直してからソファーに座らせた。

「日吉かいがいしー」
「うるさい。風邪引きたいんですか」

 もうすぐ校内入試でしょうと眉を吊り上げる。
 例年11月にある学内の入試は、今年から時期の見直しだとかで12月に移行した。岳人らもそれに救われて何とか受験勉強をしてきたというのに、こんなときに体調を崩したらどうするつもりなのか。
 からからと笑う岳人に、どうして自分の方がこんな心配をしなければならないのかと苛立った。

「だいたい何で来たんですか。もう部活も引退したのに」

 岳人の笑い声がピタリと止んで、至極真面目な顔になる。
 来るだろ、と言葉を落とした。

「来るだろ、好きなやつの誕生日なら」
「……っ」
「お前、俺が言ったことなかったことにすんなよ」

 引退前、岳人に好きだと告げられて日吉はそれを受け流した。
 日吉は岳人が飽きっぽい性格であると知っているし、短気なのも一つのものに集中し続けることが苦手なのもわかっている。だからこそ、部活が終わってしまえば、会わなくなれば簡単に離れていく気持ちだろうと思っていた。

「……まだ、言ってたんですか。俺を好きだなんて、馬鹿げたこと」
「まだとか言うんじゃねーよ。ずっと言うかんな俺は」

 日吉が先程挙げたように、岳人は短気である。
 信じてもらえないことに焦れたのか、座っていたソファーから身を起こすと日吉と距離を詰めた。半身引こうとした日吉を掴むとぐいと顔を覗き込む。

「ずっとだ」
「っ、」
「来年も、その次も、ずっとお前の誕生日祝ってやるから、いい加減俺の言うこと信じろよ」

 まっすぐとこちらを見据える岳人は、普段どんなに日吉が子供っぽくて年下のようだと思っていてもやっぱり年上で。
 逆らえない意思の強い眼差しに、敵わないのだと首を振る。

 元より負けなのだ。惚れた時点で、日吉の。

「……ずっととか、いいんで」

 ようやく口を開いた日吉を、岳人が歯がゆげに見つめた。次に来る言葉に見当がついたのである。
 だから、続いた言葉に思い切り呆けた。

「まずは向こう3年間祝って下さい」
「は、」

「俺は高等部に行きますよ」

 向日さん、校内入試頑張らないと。
 仕方ないと、観念したように笑った日吉に、かわいくねーと零しながら、岳人にはそれが了承のサインだと伝わったようだ。
 思い切り顔を破顔させて――それだけでは足りなかったようで日吉を掻き抱く。

「うわっ、」
「校内入試、ぜってー受かるし! 見てろよな!」
「そもそも落ちそうなのがおかしいんですよ」
「うっわ可愛くねえ」
「知ってたでしょう」
「知ってたよ」
「……」
「でも好きだし」
「……」
「誕生日、おめでとな」
「……ついでみたいに言うな」
「ついでじゃねーよ、大本命」

憎まれ口を叩く日吉にひとつ、ついばむようなキスをして、岳人は照れたように笑った。

岳人と。
とこしえはあるのでしょうか/あなたが教えてくれますか/一生かけてくれますか

(121205)