誕生日とは何をする日だろう。
 日吉宅は畳と縁側の似合う日本風の家で、住んでいるのもまた和の似合う人たちばかりであった。
 洋菓子より和菓子、生クリームよりあんこを好んでいたものだから、家で誕生日ケーキを食べたのなんて随分昔の記憶しかない。次第に日吉自身もねだるほどケーキが欲しいわけじゃないと思い始めて、誕生日はいつの間にか少し豪華な夕食の日という感じになってしまった。
 そんなわけで、日吉にとって誕生日はあまり特別感のある日ではない。
 ――誕生日とは何をする日なのだろう。
 それが悪いとは全く思っていないが、自分が取っ付きにくい性格であることは自覚している。仲の良いと言える友人が多くいるわけでもない。
 クラスメイトがそのよしみで祝いの言葉をかけてくれたりするけれど、それだけだ。
 だから日吉には、誕生日に特別感がない。
 なかったのだけど。



「……なんですか」

 跡部に自宅へ招かれたとき、ああ誕生日だからかと見当はついた。それなりに祝われたりするのだろうと、ある程度の予測も立つ。
 だが、実際は日吉が思っていたようなものとは少し――少しどころではなかった!――違っていた。

 大切なものを包み込むように腕に抱かれ、指先に唇を落とされる。
 跡部の口からは、時折名前を呼ばれる以外には吐息しか零れてこなくて、日吉はますます混乱した。
 何なんだ、これは!

「……若」
「あ、とべさん、」

 ちゅ、ちゅ、と指を辿り、今度は手首、腕、それから首元まで上がってくる。
 さすがにたじろぎ身を引けば、それを追いかけるように跡部の手も伸びた。

「、何なんですか、一体」
「あーん? 甘やかしてんだよ」
「……は?」

 甘やかす?
 甘やかすって、一体どうして。
 目を丸くした日吉に跡部が言葉を付け足した。

「物じゃテメェは喜ばねえだろうが」

 思わずぽかんと呆ける。
 頭の中で復唱しようやく意味を理解したとき、日吉はカッと頬が熱を持つのをとめられなかった。

 そういえば以前、日吉は何かと高価な物をプレゼントしようとする跡部に――そもそも跡部からすると、それが高価だという感覚すらなかったのだが――高い物は頂いても扱いに困るとはっきり言ったことがある。
 金銭的な価値観が違うのはわかっているが、日吉としても譲歩の域を超えていてこれはさすがにと苦言を呈したのだった。
 跡部はそれを覚えてくれていたらしい。

「物は嫌だって言ったのはテメェだからな」

 ――だから、大人しく俺様からの誕生日プレゼントを受け取りな。
 からかうような口調で釘を刺すと、跡部はくすぐるように日吉の首筋に口づけた。
 肌が粟立ち身体が震える。

 プレゼントとは、こうやって跡部の愛撫を受け続けることなのか。
 くすぐったくて気恥ずかしくて、意地を張ってる方がつらくなるような、この愛を、ずっと?

 跡部の、そのずるいいつくしみ方といったら!
 日吉はあきらめて身体の力を抜くと後方の跡部に寄り掛かった。意固地になればなるほど跡部は楽しむし自分はいたたまれなくなる。それならばさっさと降参した方がずっと楽だ。

 そう、楽だから。
 楽だからそうしているのだと、日吉は自分に言い訳をする。

 目を閉じた日吉は、すり、と跡部の胸に擦り寄った。
 跡部が目を細めてこちらを見つめているのも気づかないふりをして、落ち着かない心臓を必死になだめる。

「……甘えていいんでしょう?」
「ああ、いいぜ?」

 そのいかにも余裕だという顔は、少し下剋上心をくすぐったけど。

跡部と。
おとなびるおまえの/幼い姿見たさに/まずおれが、子供の頃のあの日に返る

(121205)