息が白くにごって驚いた。
ついこの間まで夏だったというのに、もう冬がやってきたのか。何だか年々秋が短くなっている気がするなあと千冬は巌戸台寮前を掃除しながら考える。簡単に掃くだけなのだが、ゆかりや風花との間で何となく当番が決まり、時折こうして朝からホウキを構えて立っていた。
千冬は秋が好きである。だって紅葉は綺麗だし、読書、芸術と秋にかこつけ何かを始めてみるのも楽しいことだ。
それに、と千冬は誰が見ているわけでもないのに口元を綻ばせた。何より食べ物がとてもおいしい。荒垣が聞いたら食い意地が張っていると笑われそうだと思えばそれもおかしかった。
そういうわけで千冬は秋が大変好きなのだが、今朝の気温は秋を名乗るにはいささか低すぎた。早すぎる季節の過ぎ去りを名残惜しく感じながら、落ち葉をぐしゃりとホウキで潰す。
寒さにぶるりと震えたあと、千冬は改めて思うのだ。
秋が好きだ。冬は苦手だから。
玄関先の掃除を終えてラウンジに入ればようやく寒気から逃げられホッとする。
制服の下にセーターを着込む日もそう遠くないと深く頷きながらホウキを片付けていると、ガチャリと扉の開く音がした。
「あ、おはようございます!」
「……ああ」
パッと顔を綻ばせた千冬に、コロマルの散歩から帰ってきた荒垣が返事する。
寒いのか背中を丸め、いつも目深のニット帽をより深く被って白い息を吐き出している。
コロマルがしっぽをふりふりしながら駆け寄ってきたので千冬はよしよしと身体を撫で回し、それに満足したのか彼は部屋の奥に消えていった。順平か天田のベッドにでも潜り込みに行ったのかもしれない。
「今日、一段と寒いですね」
寒さが苦手なのだろうか、頬に赤みの差している荒垣に、千冬も鼻の頭を染めながら笑いかける。
ああ、ともう一度頷いた荒垣が、順平なんかにゃつらい季節だろうなと二階を見上げた。
「順平?」
「朝布団から出たくなくなるだろ。ギリギリまで寝てるタイプの奴はつい二度寝決めて遅刻確定だ」
いたずらっぽく笑った荒垣には、もしかしたら何か心当たりがあるのかもしれない。
真田先輩か、もしや荒垣先輩自身がそのギリギリまで寝てるタイプだったのかなと考えれば何だか楽しかった。
「私も、冬は苦手なんですよ」
「なんだあ? テメェも遅刻組の奴かよ」
「違いますよう! でも、寒いのは苦手だから」
そこで千冬ははたとひらめいて瞳を輝かせる。
昔から寒いのは苦手だった。人肌恋しくなるのに、千冬には寄り添ってくれる家族がいなかったから、それが寂しかった。
だけど今はいるではないか。家族ではないけれど、大切には変わりないその人が!
「せんぱい!」
勢いをつけて抱き着けば、慌てた声と共に身体を支えられる。いきなり危ねえだろとか、こんなところで抱き着いてくるんじゃねえとか、色々な文句は聞こえたけど、肩に触れる手がそれらはすべて照れ隠しだと教えてくれた。
「…おい、仁城?」
「……先輩、あったかい」
ぎゅっと力を込めた千冬をどう思ったのだろうか。
そっと回されていた手には力が入り、千冬は荒垣の胸にもたれかかる。
熱を分け与えるような時間は千冬に何物にも代えがたい喜びをもたらす。
しばらくそうやって抱き合っていたら、不意に荒垣がもぞりと身じろぎをした。時計を見やり、千冬から身体を離そうとする。
「……もう他の奴らも起きてくんだろ」
名残惜しいと、思ってもらえているのだろうか。
荒垣がそう言いながらも手を離さないのは、離れがたいと感じてくれているんだろうか。
荒垣にとっても、自分は大切な存在になれているだろうか。
「冬だから、大丈夫ですよ」
「あ?」
「みんな、冬だからギリギリまで眠っちゃいます。だから、」
続く言葉を告げる前に、荒垣はテレビのわき、階段から壁で死角となる場所へ千冬を引っ張った。
そうして離しかけた腕に再び力を込める。
「……冬だから、な」
「……冬だから、です」
でも先輩、私、先輩にこうしてもらえるなら冬大好きです。
幸せのにじむ声に、バァカと千冬の頭に手を置いた荒垣の声も笑っていた。
分け与えられる熱
(寒いのも、先輩が抱きしめてくれるなら好きかな)
(121107)