「死ぬ前に恋人になんて言うか?」
「そ、テレビでやってたの。ちょっと不謹慎だけどね」

 ゆかりいわく、死ぬ前に恋人と一言だけ話せるとしたらなんと言うかのアンケートを取っていたらしい。
 結局最後まで見なかったんだけど気になっちゃって、と肩をすくめる。

「ふうん、ゆかりは? なんて言いたい?」
「うーん…やっぱりごめんなさいかな? 残しちゃってごめんなさい。ほら、恋人に死なれるとかある意味トラウマじゃない?」
「もう新しい恋できなくなっちゃいそうだよね」
「風花は?」
「私? 私は……ありがとう、かな。一緒にいてくれてありがとう」

 風花らしい健気な言葉に、お礼かあ、そうだよね、そっちが先だよねとブツブツ呟くゆかり。
 考えるように下を向いていたゆかりがふと顔を上げて、千冬は? と問う。

「千冬だったらなんて言う?」

 千冬は少し迷った素振りを見せたあと小さく口を開いた。

「……私を絶対忘れないで」
「え?」
「てか、みんな大人すぎだよ! 私そんな綺麗な挨拶絶対できない……!」

 死んでも思っていて欲しい。新しい恋なんてしないで欲しい。
 そういう風に考えた千冬は、ゆかりと風花の健気でいじらしい解答に戸惑っていた。

「すっごい大人だ……」
「そうかなあ」
「私たち彼氏がいないから、想像しにくいのかも」

 さらりと彼氏いないと一緒くたにまとめられたゆかりは若干引きつった笑いを浮かべたが、事実なので仕方ない。
 彼氏、と噂をすれば、自室からラウンジへとちょうどノコノコと下りてきた。

「あっ、荒垣先輩!」
「あ?」
「先輩、私が死んでも私を忘れるなんて許しませんからね!」
「はあ?!」

 一気に顔色を変えた荒垣が、どっか悪いのかと千冬に詰め寄る。
 そのあまりの剣幕に千冬は慌てて仮定の話だと説明した。

「先輩、もしも! もしもの話です! イフイフ!」
「馬鹿かオメェは! ……あんま心配させんな…」

 ホッとため息をつく荒垣に感極まって千冬が抱き着く。
 よろけることもせず受け止めたが、後輩からの生ぬるい視線を感じ取り乱した。

「バッ、おい仁城……!」
「もう先輩大好きー!」
「だからそんなんどこでもかしこでも言うなっての……」

 何この惚気。私たち完璧空気じゃない?
 ゆかりと風花は顔を見合わせてやれやれと笑った。



「千冬!」

 三月五日以来、少しも起きる気配のなかった千冬がうっすらと目を開けた。
 病院の一室。管に繋がれた千冬の手を握りしめる荒垣がわずかに安堵の表情を見せる。

「せ、んぱ……」

 何か言おうと唇を動かす千冬の口に耳を寄せると、小さな音が聞こえた。

――私を、早く忘れて。

  驚いて目を見開くと同時に再び閉じられるまぶた。断続的だった電子音が直線に変わる。
医師が千冬に療を施すが、やがて首を横に振った。

「おい、千冬……」
「……」
「あの時と言ってること違うじゃねえかよ……」

 絶対に忘れないでと言っていた。
  当たり前だ。忘れるわけもなかった。
それが遺言だったと言えたなら、ずっと思っていても許される気がした。

 早く忘れてとは、どういう意味で?
 次の恋でもしろと、そういうこと?
 それを千冬が望んだのなら、無茶な話だ。

「俺が……お前以外を好きになれるわけねえだろうが……」

 一生で一度だ、こんな恋。
 溺れたのでも、ほだされたのでもない、ただ落ちただけの恋。

 忘れられるわけもないのに。
 彼女の最後の裏切りに、堪えていた涙がようやく頬を滑り落ちて、彼女の頬をも濡らした。

君の裏切り
(ずるい。お前より早く死ぬ覚悟はできていても、お前を先に失う覚悟なんてなかった)


ずっとハム子死なないでって思っていたけど、彼女が死ななかったら世界は滅んでいたわけで
彼女の死は意味あるもので、それをどうしようもないのかなと思った
(110803)